もんぷ

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8月、君に会いたい。

 夏休みとは名ばかりの登校日、宿題の進捗を確認しながら他愛もない雑談したあの教室でのこと。下敷きで顔に風を送っても、ただ熱い空気が移動してくるだけで蒸されてしまいそうだった。なかなか効かない空調に対してイライラして、夏なんて大嫌いだと呟く自分に対して、横にいた君が口を開いた。
「えー、俺8月生まれなのに。夏嫌いとか言わないでよ。」
なにそれ、わがまますぎると二人で笑い飛ばしてから、何事も無かったかのように違う話を始めた。きっと冗談のつもりで言っていたのだろうし、そんなことを言ったのも忘れるぐらいの軽いノリでの発言だっただろう。だけど、自分にとっては違った。なぜかその言葉を言われたその瞬間、今まで友達としか思わなかった君が、とても愛おしい存在に感じた。きっと熱に浮かされて正常な判断がつかなかったのだろうと一人で納得したものの、その熱はずっと冷めやることは無かった。

 あの夏から何年だろう。1、2…と指折り数えて考えてみたが、自分の歳のとり具合に嫌気がさしたのでやめた。なんにせよあれからだいぶ経ったわけだけど、あの君とは、一応まだ連絡を取り合っている。学生の頃ほど頻繁に会ってはいないものの、時々LINEでやりとりはするし、お正月には年賀状だって来る。元気かな、連絡しようかなと思う度に、どうしてもその文字を打つ手を止めてしまう。連絡をとっても、会っても、あの頃と同じように友達としてうまくやれるけど、そんないかにも友達な行動をする度に、自分の心が少しずつすり減ってしまっていることからは目を背けることができなかったから。それでも、自分から送らないくせに、君からの通知があると心の底から嬉しくて、心が荒んだ日には決まって君の年賀状を取り出してきてああやっぱり君の字は汚いななんて笑いながらずっと眺めてしまう。不器用で、勉強は嫌いで、わがままで、純粋な君。

 毎年、あの日と同じ7月の最終日に、目を閉じると現れる君。あの日と同じ熱気の中で、夏嫌いとか言わないでよと拗ねる君に、うんと頷いて手を伸ばす。そっとその髪に触れて、そのまま頬に手を添えたところで夢は終わる。所詮夢は夢で、自分がしたことのないことを映し出す想像力には限界がある。目を開けたら見える無機質な自宅の天井にも、枕元に置いてあった携帯にも、やっぱり君の痕跡は無い。もう一度目を閉じる。8月、君に会いたい。

8/1/2025, 11:22:26 AM