谷間のクマ

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《半袖》

※昨日の続き! ちょっと重い(暗い)かも

「あっ思い出した! 《半袖》だ!!」
 蒼戒と作文の話をしてから少し経って、夕飯を食べている時。俺(齋藤春輝)は作文のお題を思い出して大声を出す。
「……は?」
「いや、は? じゃなくて! 作文のお題! 俺《半袖》だったの!!」
「ああ、あれか……。選考基準は一体どうなっているんだ……」
「本当それなー。そーいや半袖と言えばさぁ……」
 俺はふと蒼戒の着ている長袖を見て言う。
「お前まだ半袖着ねーの?」
「? 着ないが?」
 蒼戒は当然だとでも言いたげな顔で小首をかしげる。
「いやそんな顔で言われてもさ。つかそれ暑くねーの?」
「別に。もう慣れた」
 蒼戒はそう言って冷ややかに味噌汁をすする。
「慣れたってお前な……。そのうち熱中症で倒れるぞ?」
「そこはうまいことやってるから大丈夫だ。多分」
「多分じゃ困るって。半袖楽だし涼しいしいいぞー?」
「そう言われても……。今更、着ようとは思わないからな」
「そっか……。でももう、いーんじゃねーの? 半袖着ても」
 蒼戒が半袖を着ているところなんてもうずっと見ていない。腕が見えそうな服を着ているところも。クラT(クラスTシャツ。クラスお揃いで作るTシャツのこと)とか浴衣の時とかでも中に薄手の長袖のインナーを着ている徹底っぷりだ。
「お前……、俺がどうして半袖しか着ないのか知ってるだろう」
「そうだけど……」
 蒼戒がどうして頑なに長袖しか着ないのか。それは蒼戒の、俺たちの、過去に原因がある。
 俺たちが小学校に上がる前の冬、姉さんが亡くなった。警察いわく完全な事故で溺死だったわけだが、姉さんがいないなら自分も死ぬと、蒼戒はそう言って何度も何度も、自殺しかけた。俺がその度にそれを止めたから今こいつは生きてるわけだけど、その時の名残で自傷癖が残った。左手で、右腕を引っ掻いてしまう癖。
 要するに、蒼戒が長袖しか着ないのは、いざって時に自分を傷つけないため、傷跡を他人に見せないためだ。長袖なら、引っ掻きにくいから。相手に肌を見せないで済むから。
 それは当然俺もよく知っているし、なんならいろんな局面でフォローを入れたりもしてきたけど。
「だけどそろそろ、いいんじゃないのかなって。あれからもう10年以上経つだろ?」
「そうだが……」
 蒼戒はそう呟いて困り顔でご飯をパクリ。俺はそれを見ながら味噌汁をすすって言う。
「別に無理にとは言わないけど、そろそろいいんじゃないのって、そう言う話。ごめん、余計なこと言ったな」
「別に……。悪いのはいまだに過去を引きずってる俺だから」
「………………」
「それに、この腕じゃ余計な誤解を招くからな」
 俺がかける言葉を見つけられずにいると、蒼戒はそう言って腕まくりをして見せる。
 そこには大小たくさんの傷があって、俺は思わず目を逸らす。
「……痛い?」
「いや、とっくに痛覚は麻痺してるしどれももう古い傷だからな」
「そっか……。いざとなったらいつでも言えよ。包帯くらいなら巻いてあげるから」
 昔からずっと手当は俺の役目だった。最初はめちゃくちゃ下手だったけど、不本意なことに結構上手くなった。だから包帯くらいなら、綺麗に巻いてやれる。
「ああ、ありがとう」
「いーってことよ。さ、この話はもう終わりにしよ! お前明日の予定は?」
 俺はそう言って明るく話題を変える。
「明日? 明日は確か午前中に生徒会の仕事があって、午後は部活だったはず……」
「まーた生徒会? 忙しいねぇ、男副」
「体験入学が近いからな。あと選挙」
「やー、大変だなー。お前マジで倒れるなよ?」
「望んで倒れる奴がどこにいる」
「いやいないけども」
 というわけで夕飯を食べながら明日は保冷剤でも持たせるかな、と思う俺であった。
(おわり)

2025.7.25《半袖》

7/26/2025, 10:01:12 AM