夜の都内で、20代後半の男性が街灯の下で立っていた。
整った紺色のスーツに、揃えられた眉毛。
黒色の髪と眼が、微笑みながらスマホを見ている。
『もう直ぐ着きます!ごめんなさい!』
『ゆっくりで大丈夫ですよ。転ばないように!』
ふふっ、と微笑みながら、男性はスマホをズボンのポケットにしまう。
「スケジュールがすれ違いに、すれ違って、苦節2ヶ月。
やっと…この時が!」
おでんが沁みた様に、ひとりごとを噛み締めていると、乾いた靴音が、タタッと聞こえてきた。
「お待たせしました〜!」
男性が顔を上げ、そちらを見た。
黒いスーツに、ハイヒールを履いた20代程の女性。
キャラメル色の髪の毛が、くるりとカーブをつけてまとめられている。
「いえいえ、今来たところです!
そちらこそ、お仕事お疲れ様で…」
彼女の顔を見て、ぴたりと言葉が止まる。
「どうかしましたか?」
女性は、ぽけぇっとして、頭の上に?を浮かべた。
男性はその顔を凝視する。
整った眉毛に、栗色のまんまるとした目。
口元には薄い口紅が塗られ、化粧直しをした薄いチークが頬に振り掛けられている。
とても、とても、可愛らしくて、美しい。
整って…整っている?
「え…」
男性は思わず後退りをした
決して相手が嫌いなわけではなかった
電話をしている時も、メッセージを送っている時も、カバンの中に入っているプレゼントを選んだ時も。
全て、全てが楽しかった。
だが、体が、本能が訴えかけていた。
整っている顔を、だが違和感を感じる顔を。
本能が、危険だと訴えかけている。
後ずさった男性を見て、女性の顔から笑顔が消えた。
まるで、大嫌いな兄を見たかの様な顔を浮かべた。
「あーあ。やっぱりダメだったか。」
黒幕の様に、静かに喋る。
「顔を綺麗にしすぎると、人間の本能が危険だと認識してしまう。先輩の言うことを聞くべきだったな。」
笑顔を消し、冷酷な目で男性を見つめながら、ハイヒールの音を鳴らして、静かに、氷の様に近づく。
男性は一歩も動けず、女性を見つめるだけだった。
「ほら、今日は特別な夜。ですし、まだまだ夜は長いですから!」
女性の顔が、バリンと、ガラスの様に割れた。
顔のパーツが、パズルの様に砕け、地面に落ちる。
パーツをハイヒールで踏み潰す。嫌な音がした。
顔があった場所には、深淵の様な、ドス黒い暗黒が、バターのように塗りたくられていた。
「あなた、製薬会社のお偉いさんですよね!
嬉しいなぁ!そういうポジション、なってみたかったんですよぉ。」
会った時よりも嬉しそうな声を上げた。
女性は、腰が抜けて座り込んだ男性の側に寄り、しゃがんで目線を合わせる。
今にも口付けができてしまいそうなほどの距離。
「じゃあ、いただきまーす!」
女性の声が、最後に聞こえた。
お題『特別な夜』×『美容整形』
1/21/2026, 11:30:26 AM