言葉にできない(推しとこうなりてぇみたいなやつ)
「星間航行技術って流石だよね。天の川銀河のワームホールを通って、気が付けば水瓶座矮小銀河の端へ。ワームホールの原理も知らない木っ端の私たちが、こうして今日遥々遠くの星々を見に行けるだなんて。なんというかロマンチックに思うんだよね」
遠心力の仮初の重力に浸りながら、私と彼女は狭い旅客船の、そのまた狭い部屋で肩を寄せ合っていた。壁に面した窓から見える世界は真っ暗な画面にピクセルを散らしたみたいで、現実味が全くない。
人類は、三百年前まではたった一つの惑星に収まりきっていたらしい。宇宙時代なんて、今は当たり前、当時的には大層だったらしいその呼び名の時代のうち、五十年ぐらいはほとんど研究に次ぐ研究だったという。資源の1gも無駄が許されなかったとか、家中の家電が回収されたとか、車は贅沢、ガス漏れは処断、浄水出来る量も限られてしまったとか。今じゃ考えられないけれども、そんな暗い話を考える日じゃない。
「……静かだね」
「ふふ、当たり前でしょ? 二人きりなんだから」
はにかんだ彼女は私の頬を撫でた。アンドロメダ銀河の第404宇宙共同生活圏で生まれ育ったらしい彼女は、地球を見たことがなかったらしい。
いい星じゃないのにとは思いつつ、私は渋々案内した。
今の地球は母なる星であっても、故郷と呼ぶにはいささかけばけばしい。企業マネーに溺れた国がいくつか狂って沈んで、気が付けば地球内は企業に支配されていた。七つ程度だが、互いに手を硬く結んで仲良し小好しに文化財や遺産に手垢を付けて回っている。とはいえ、常に後ろ手にナイフを携えているが。
「どうだったの」
「地球?」
「うん」
彼女は考え始めた。
「古い世界って感じがしたかな」
確かにそうだ。何億年も掛けてできたひとかたまりの岩石に生まれた、猿人類より歩みが始まった文明を持つ生き物たちの起点だ。
鉄を打ち、血が流れ、憎悪が滾り、平和を歌い続ける。人間とは正しく矛盾した生き物だ。しかし私たちもまたそんな人間の一人であり、こうしてエンジン音が弱々しく振動し続ける宇宙の孤独を二人で謳歌している。
「……最後に、外歩こ?」
手を引いた彼女は、船内の通路へ私を連れ出す。
通路は静まり返っていて人の気配も感じられない。そうさせたのは彼女と、そそのかされた私による過ちから。
小さく折りたたんで、袋に詰めた他観光客や従業員たちはどこかの部屋に押し込んだ。血液が出ると少々困るから、こうした。
「燃料もここで切れちゃうから、この旅行もおしまいかな」
なんてことないみたいに、彼女はボヤく。
つまり私の旅行もおしまいだ。
遠く離れた銀河の端で、誰かが救援に来るわけもない。来たとしても末路はたかが知れている。ここは人間もろくに踏み入らない世界だ。
「……うーん。最後は、外に出よう」
「どうせ死ぬから?」
「うん。物好きな君も、一緒にどうかなって」
船外ハッチの前に立って、銀河の藻屑になろうと手を招いていた。
喉元に言葉が引っ掛かって、発音が難しいそれに言語の壁ではなく私自身の限界を感じた。
だからこそ、仕方なく隣に立って、それでいてぼんやりとした感情を持ち込む。
「じゃあ、行こうか!!」
爆発的な空気の漏れ出しと共に巻き起こる、真空空間に置ける息苦しさは正しく破滅的なものであった。ああ、90秒で窒息死するとはいえど、走馬灯はそれよりも速く流れ出る。スタッフロールはこんなにも短かったかと自問自答し、ふと隣にいる彼女へ思いが馳せていく。結局この喉元の感情は何だったかと、ぺたんこになった肺の内から答えを探る。死ぬ間際の彼女は、美しくて。
ああ分かった、この言葉の発音はきっと
4/12/2026, 3:04:39 AM