お題 澄んだ瞳
物心ついた時から、私はカラーサングラスを掛けていた。
中学生になって、担任から言われた言葉、高校生になって友達から言われた言葉、大学生になって彼氏に言われた言葉は、どれも似たようなものだった。
「本堂、そんな目で俺を見ないでくれないか。」
体育教師だった中学の担任は、当時、体罰に近い指導で問題になっていた。そのせいもあったのか、帰る間際の教室でこう言ってきた。少し怒りを含んだ声と、赦しを乞う弱気な声が混じっていたのを今でも思い出す。
「薫ちゃんって…その、確かに目はすごく綺麗だよね!こんな瞳、一生ないんじゃないかってくらい!でも、なんか、申し訳なくなるって言うか、隣にいちゃダメなような気がして。ほんと、ごめんね!!」
どうしてカラーサングラスをしているのかと興味津々に聞いてきた友達がいた。嫌な思いをすることは分かっていたけれど、どうせいつもと同じだ、耐えればいいと、慣れを自分の中に落とし込んでからサングラスを外した。初めは、すっごく綺麗!とか、こんな瞳初めて見た!とか、自分だけが知る秘密のような感覚で騒いでいた。しかし、帰り道も終盤に差し掛かった時、こちらを横目で見ながらこう言い放ってきたのだ。
幸い、最後の信号で彼女とは左右に分かれたから、雰囲気を引きずらなくて良かったと安堵した。
「悪い。お前といると、自分がいかに駄目な人間かが、突きつけられるんだ。」
私のバイトが休みの日、彼は近くのカフェに私を案内し、カフェオレを飲みながらこう告げた。彼はとても素直な人だった。悪いことはすぐに謝ってくれるし、身体も気遣ってくれる。些細なことも気がついてくれて、私の方こそ頼りっぱなしでごめんと、謝りたかった。
やっと目のことを気にせずに私を見てくれる人がいた、と、心から嬉しく思ったのだが、同棲を始めて一年も経たずに別れてしまった。
別れ際、彼からは、『泣いてる薫も目から宝石が流れてるようで綺麗だった』と、これ以上ないくらいに私の心に傷を作って消えてしまった。
日常では基本的にサングラスをかけて生活している。もちろん、家にいるときは外しているが、職場の人と話す時や友達と話す時は必ず自分を守っている。
けれど、唯一、外にいてもサングラスを外せる時がある。
「かおるせんせー」
「なあに、なほちゃん」
「またおめめ、みーせーてー!」
「あ、なほちゃん、ぬけがけはだめー」
「さきもみたい!」
私が受け持つ幼稚園クラスは、私の瞳を物珍しそうに、しかも毎日見にきてくれる園児がたくさんいる。
特に、榊菜穂ちゃんは、お人形さんみたいで綺麗…と、毎回うっとりした声で私を見つめてくる。
私は、感謝を込めて、菜穂ちゃんを抱きしめた。
周りの園児も、わたしも!ぼくも!と、わらわら集まってきて、まとめて抱きしめた。
ようやく、私の居場所ができたのだ。
そう思うと、また涙が溢れた。そして誰かが、こう言った。
「せんせー、泣いたらもったいないよ!きれいなおめめが見れないよ!」
7/30/2024, 2:59:09 PM