ページをめくる
図書館で借りてきた本を読んでいたら、ページをめくるたびに妙な音がした。
「あっ」とか「んんっ」とか、誰かの息づかいのような。気味が悪くて本を逆さにして振ってみたら、本の中から「すみません」と声がした。
……なんとこの本のページとページの間に、幽霊が取り憑いていたのだ。
事情を聞くと、彼は生前この本を読み終える前に不慮の事故で亡くなり、どうしても結末が気になって本に憑いたらしい。とはいえ、実体のない幽霊じゃページをめくることもできず、悶々としていたんだとか。
本に取り憑くなんて妙な話だったが、よっぽど最後まで読みたかったんだろう。気の毒に思った僕は、幽霊と一緒にこの本を読み進めることにした。
最初はタイミングが合わなかった。そりゃそうだ。本を読むっていうのは、本来一人で行うべき孤独な作業なのに、それをシェアするなんて。僕がページをめくると「まだ」と咳払いされ、幽霊が「次いって」とせかす時には僕がついていけず。
けれど半分を過ぎる頃には、僕が「いい?」と聞き、幽霊が「ん」と返事して、めくる。そんな呼吸が自然に合ってきた。
気がつけば感想を言い合うまでになっていた。「この展開どう思う?」「まあ、そう来るかって感じ」なんて。
ちょっとした不思議な連帯感が生まれつつあった。人生とは、ページをめくっていくようなものだと言うけれど、案外二人でめくるのも悪くないのかもしれない。相手は幽霊だけど。
最後のページまでたどり着いたとき、幽霊は満足そうに「ありがとう」とだけ言い、すっと消えた。部屋には、ぱたんと本を閉じる音だけが残った。
なあ、幽霊。案外楽しかったよ、二人で本を読むというのも。また誰かとこんな風にページをめくる日が、僕にやって来るだろうか。その時が来るかどうかは分からないが、それまで僕はまた一人、ページをめくることにするよ。
ちなみに僕らが一緒に読んでいたのは物語とかではなく、『読むだけで話し上手になれる、会話の間なんかもう怖くない』というハウツー本だ。
……取り憑くほど執着したなんて、幽霊は生前よっぽど会話下手だったんだろう。僕と同じだ。どうかあの世で役立っていますように。
9/2/2025, 2:49:52 PM