揶揄い
その日は雲一つない快晴。教会の任務もヴァシリーの鍛錬も無い完全な休日。起きてすぐに部屋の窓を開けて、私はカーテンを取り外す。
「今日は部屋の掃除!まずはカーテンの洗濯!」
カーテンを持って、洗い場に向かう。用意した桶に洗剤が溶けた水でしっかり洗っていると……。
「ミル?」
その声に振り返れば、同期のスピカがいた。彼は色違いの赤と青の瞳を不思議そうに瞬かせてこちらを見ていた。
「おはよう、スピカ」
「おはよう……何してるの?」
「今日は休日だから、部屋の掃除しようと。その前にカーテン洗っておきたいんだ〜。スピカは?」
「俺は……これから、朝ごはん。その後に任務に向かう」
「……どんな任務?」
「西の国へ行って、潜入捜査。あそこも背教者たちの動きは活発だから。大司教様が内情を調べてって」
無表情で淡々とそう言った彼に私は「そっか」と返す。
彼も私と同じ暗殺者であり、そういった潜入捜査はお手のもの。しかし、単身で敵地に向かうのだから相応の危険は伴う。
「君のことだから、大丈夫だと信じているけど……気をつけてね」
「うん。ありがとう。……良かったら、一緒に朝ごはん食べてくれる?そうしたら頑張れる」
「もちろん!」
「……ありがとう」
彼は言葉少なだけど、とても敬虔で純粋な子。私の数少ない友人の一人だ。その願いを無碍にするわけにはいかなかった。
彼と別れたのち、私は半日をかけて部屋の掃除を進めた。部屋にある数少ないテーブルや椅子を少しずらして、床に水を広げてブラシで擦る。しばらくしてから、布巾で拭っての繰り返し。
終わったら、窓枠の縁を濡らした布巾で拭えば、埃やら砂が沢山取れた。それを見て顔を顰めつつ、バケツで洗う。水が汚くなったら、洗い場まで行って水を入れ替える。
掃除が終わったのは、夕暮れ時。そろそろカーテンが乾いている頃だと思い、中庭の片隅にある干場に向かう。
干場に向かうと、カーテンの前にいたのはヴァシリーだ。風にゆらゆらと揺れる真っ白なカーテンを表情の読めない顔で見つめている。
「ミル」
こちらに顔を向けずにヴァシリーは私の名前を呼んだ。
「ヴァシリー。何でカーテンの前にいるの?」
「庭の片隅にこんなものがあれば、気になるだろう?これはお前のか?」
「うん。今日はお休みだったから、部屋の掃除していたの」
「……そうか」
彼は徐に真っ白なカーテンを取ると、そのまま私のことをカーテンごと抱き上げる。
「わっ!?急に何!?」
「……」
真っ白なカーテンからはお日様の匂いがした。カーテンに包まれた私をヴァシリーは無表情のまま見つめる。
「ヴァシリー?何で急に抱き上げるの?というより、降ろして?」
「……こうして見ると、赤子みたいだな」
「……?」
私が首を傾げていると、ヴァシリーはその口元に笑みを浮かべる。しかし、それは敵に見せる酷薄なものではなく、穏やかなものに見えた。
「私、もう子供じゃないよ」
「そうか?俺からすればまだまだだが?」
……前言撤回。さっきの笑顔は気のせいだと思う。私の目の前にあるヴァシリーはいつもの揶揄うような意地の悪い笑みを浮かべている。
「……ヴァシリーって、幾つだっけ?」
「今年で二十九だ」
「……とりあえず、降ろして」
「断る」
「何で!?」
10/11/2023, 12:59:16 PM