朝の公園は意外と人がいるものだ。休みの日でも早起きをするようになって、もう3年ぐらいが経つ。トコトコと歩き回る子どもの姿を目で追いながら、わたしは目を細める。3歳になる女の子。名前はメイ。わたしの一人娘だ。メイは何にでも興味を持って、公園のあちこちで何かを見つけては報告してくる。
「ここのお花がね、きれいに咲いてるの。元気だね」
「あっちのお池にいる鯉さんたち元気かな? 見に行ってきていい?」
「あのワンちゃん、今日は元気ないみたい」
メイは生き物が大好きだった。
「ねえパパ、見て! アリさんたち、とっても元気だね」
「……うん、そうだね」
嬉しそうに笑う娘を見ながら、わたしは何を言っているのかまったくわからなかった。この子は動物や植物が元気か元気じゃないかを自分で判断してわたしに同意を求めてくる。当然わたしも理解してくれると思いながら。でもわたしにはその判断ができないから、どう答えたらいいかわからず、とりあえず同意の言葉を返していた。
もちろん子ども特有の想像力からくる決めつけだと断じることは容易い。そう理解した上で「そうだね」と軽く合わせてやるのが波風の立たないやり方だと思う。でも仮にこの子が意図的に嘘をついていたらどうだろう。周りに指摘されないのをいいことに、嘘を言ってもバレないんだと思い込んで、いずれ成長して美貌と色気を獲得した時には取り返しがつかない悪女に成り果ててしまうことだってあり得なくはない。ならば今すぐ正さなければならない。「嘘はダメだよ、植物の感情なんかわからないでしょ」と諭すべきなのかもしれない。でも、目を輝かせながらわたしに向かって教えにくるこの子にそんなことは言えない。メイの笑顔を曇らせるような夢のない言葉など、わたしの口から言えようはずがなかった。
もしかしたら本当に、この子にはその生き物の好不調のバロメーターが何かの形で見えているんだろうか。
「パパ、帰ろう?」
突然メイが言い出した。
「え、なんで? どうしたの?」
ついさっきまで元気に遊んでいたのに、どこか具合が悪くなったのかと心配になった。
「もうすぐ雨が降るって、ほら、鳥さんたちが言ってるから」
わたしは血の気が引いていくのを感じた。さすがにこれは……
「パパ、なんでそんなに怖がってるの? 雨に濡れるのそんなにイヤ?」
家に着いて5分と経たないうちに雨は降り始めた。わたしは部屋の中からベランダの外をしばし呆然と眺めていた。
「あら、雨じゃない。降られなかった?」
家にいた妻のマチコが気づいてベランダに近づいてきた。その顔を見たとき、わたしはほっとしたのと同時に、メイの奇妙な言動についてすぐにでも話したい衝動に駆られた。
「あら、伝えてなかったっけ?」
マチコは驚いた様子でとぼけた声を出した。
「わたしも今のメイと同じような性質を持ってたのよ。動物とか植物とかの……雰囲気がわかる、って言ったらいいのかな」
何を言い出すんだこの人は。妻のあけすけな告白にわたしは呆気に取られた。
「それって、いつから? 今も?」
これが最初にする質問かどうかの確信はなかったが、口から出た言葉は引っ込められなかった。
「それこそメイぐらいの子どもの頃から、最近まで。そうそう、メイを産んだ頃になくなったんじゃないかな」
わからない。なにがわからないって彼女がこれで理系であることだ。いやだからこそ説得力がある……のか?
「これを言うと引かれるから言ってなかったけど、出会った時からあなたがわたしに好意を持ってるのバレバレだったわよ」
「やめてくれ、恥ずかしい!」
そんな状態で二年間も泳がされていたのか。すぐに告白すればよかった。
「最初はちょっと気持ち悪かったけど、二年間もずっと一途でいてくれてるのがわかったから告白も受け入れたの」
前言撤回。待っててよかった〜。
マチコの進言もあり、メイの不思議な性質は抑えるのではなく伸ばしていこうという方針になった。でも誰彼構わず伝えるのはやめて、動物の体調はパパとママだけに教えてねと忠告するに留めた。大人になってもこの性質が保持されていれば、獣医や気象予報士などの職で重宝されるかもしれない。
ただ、すべてを理解した上でも、家の中でのわたしの居心地はどうもスッキリしなかった。
「あなた、最近妙に楽しそうね。職場にかわいい子でも入ってきたの?」
ある日の食卓でマチコがさらっと聞いてきた。ただの世間話ですよというように。
「え? いや、そんな……」
もしかしてマチコにもまだ性質が生きているのか?
「はあ、君に隠し事はできないか」
「バカね、こんなのただの女の勘よ」
……左様でございますか。
「パパ、泣いてるの? 昨日保育園でお漏らしちゃった子とおんなじ顔してるよ」
……この家では悪さはできないな。
4/10/2025, 1:31:34 AM