たやは

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とりとめのない話

「ごめんね。とりとめのない話して。」

華子は驚いて姉の顔を見た。
今のがとりとめのない話なのか。本当の話かもしれない。姉は申し訳なさそうに下を向いたままだ。

「お姉さん。もう一度ゆっくり話して。」

「え。うん。」

華子の父は町の銀行の頭取をしていたため、町のみんなから信頼される人物だった。よく父はいろいろな相談ごとを受け、町の人のために力を貸していたと思っていたのに。そうではなかったのだ。

「昨晩、お父さんの所にお客さんがくることは知っていたの。私、あの方とお知り合いになりたかったから、お父さんに用事があるふりをして客間に向ったの。」

お姉さんが父の部下で銀行の支店長に好意を持っていたことは、私も知っていた。お姉さんは自信がないくせに行動が分かりやすい。きっと父もにもバレていたに違いない。

「部屋の前まで行ったら2人の話し声が聞こえて。」

『金庫の金は全て船に移したか』
『はい。頭取。先ほど全て終わらせました。明日には警察がやって来くるかと思います。心配はありません。金は怪人が盗んでいったのです。』
『そうだな。あの脅迫状があれば大丈夫』

「私、恐ろしくなってそのまま戻ってきてしまったの。あの方が怪人だったなんて」

怪人とは巷を騒がせている怪盗のことだが、それがお父さんの部下?その怪人が
お父さんの銀行のお金を盗んだ?
そんなことがあるのだろうか。
怪人は人殺しはもちろん、相手に怪我さえ負わせたことはないと噂になっている。

「ごめんなさい。きっと聞き間違いだったのよ。本当にごめんなさい。変な話して。あの方が怪人なんてねぇ。バカバカしいでしょ。」

確かにお父さんの部下の人が怪人とは思えない。でも、金庫のお金が本当になくなっていたら。船って何のことなの。
お姉さんは自分の聞き間違いだとか、とりとめのない話だとか言っているが、もし本当だったらどうしよう。
お父さんは銀行のお金を何処かに移動させた。横領だ。表では人権派のような顔をして、裏では銀行のお金を横領している。
私たちには優しいお父さん。私もお姉さんもそんなお父さんが大好きだ。
横領なんて辞めさないといけない。
でもどうやって辞めさせればいいのか分からない。

コンコン。

部屋の窓を叩く音がした。
ここは洋館の3階にある部屋でバルコニーはついていない。誰が叩いたのか。
勇気を出して窓を開けると、外には黄金のマスクを被った怪人が屋上から吊るされたロープに捕まり3階 までおりてきていた。

「君は賢い女性だ。真実は必ず暴かれるのだから、選択を間違えてはダメだよ。明日、君がお姉さんから聞いたことをみんなの前で話しなさい。いいね。あとは、僕が自分の名誉を回復させる。」

翌日、私はみんなの前でお姉さんから聞いた話をした。お父さんは怒り、こいつは頭がおかしい。幻聴が聞こえるくらい狂っていると私を罵った。そこにいたのは私たちに甘く優しいお父さんではなく、鬼の形相をした金の亡者だった。

「お嬢さんが言っていることは本当のことですな。あなた方がお金の運搬に使った船がこの先の湾内で見つかりましたよ。支店長さんも乗っていらしゃいました。もう言い逃れはできませんな。」

銀行から連絡を受けていた警察は、頭取であるお父さんのことも疑っていたらしい。

警部さんがお父さんに詰め寄ったが、お父さんはそれでも自分の罪を認めず銀行のお金を盗んだのは怪人だ。銀行に金を寄越せ、さもないと銀行を爆破するとの脅迫状が届いた。だから金を渡すために船に乗せたと騒ぎだした。

その時広間の電気がパッと消えた。どこからか声が聞こえてきて、自分は怪人だと名乗った。

「僕は脅迫状なんて送ったことはありませんよ。今までに一度もね。脅迫なんかしなくても欲しいものは頂きますからね。例えば、船の中お金。あれは僕に濡れ衣を着せた慰謝料でもらっておきます。支店長さんに怪人が協力感謝していたとお伝え下さい。」

支店長も始めはお父さんの横領に加担していたが、何回も横領し金額が大きくなるにつれて良心の呵責に耐えきれず、警察に協力を申し出た。でもその警察は偽物で怪人の変装だったそうだ。

結局、お父さんは横領の罪で警察に逮捕された。あの声の怪人はあの場にいたのか分からず姿もなかった。
でも、広間を出ていく警部さんが私にウインクをして行った。

あの警部さんが怪人だったのだろうか。

私たちの今までの生活は、足元から崩れていくことだろう。頭取の令嬢として煽てられて生きてきた私たちにとっては茨の道だ。
私は本当に正しい選択をしたのだろうか?
怪人に踊らされただなのかもしれない。
それでも、私はお父さんの娘として、償いながら自分の足で生きて行かなければならない。

12/17/2024, 12:56:55 PM