【お題:束の間の休息 20241008】【20241010up】
じっと自分の指を見て、1本ずつ折って数える。
まだ厄年ではないはずなんだけど、今年は本当についてない。
年明け早々に、婚約者の浮気が発覚。
相手は彼の会社の後輩で、既に妊娠5ヶ月との事で早々に婚約破棄。
慰謝料の話をしたら、これからお金がかかるから、とか何とか言い出す始末。
面倒なので、サクッと弁護士挟んで対応してもらった。
元々お見合いで、上司のすすめもあってのこと。
恋愛感情はなくても結婚はできると言っていた親友の顔が浮かび、まぁ、そうだよな、と思いそのまま話を進めた。
向こうも出世のため、のような空気を醸し出していたので、そこはお互い割り切って。
でもそこそこ上手くやれていたと思う。
半年経ってプロポーズされて、感動とかそういうのは全然なくて、こんなものか、とか思ってた。
別に、他に好きな人ができたなら言ってくれれば良かったのに、と思う。
恋愛感情がない分、その辺は寛容に対応するつもりでいたから。
けれど流石に、式の3週間前はキツイ。
式場のキャンセルに、既に招待状を送った人たちへの説明、気落ちした両親と殴り込みに行きそうな兄夫婦を宥めるのに奔走して、気がついたらハゲができていた。
会社で影でヒソヒソ言われつつも、今まで通り過ごせるようになったのが3月の中頃。
新入社員の受け入れ準備で、教育計画やら何やらを通常業務と並行して作成。
年度末進行と相まって、だいぶ睡眠時間が削られたけれどどうにか対応した。
やってきた新人2人のうち1人は2週間もしないうちに出社しなくなった。
何でも、一日中座っているのが苦痛、とか何とか。
えっ?だってうち、ソフトウェアのプログラミングしている部署なんで、ほぼ一日座りっぱなしですよ?座りっぱなしじゃない部署って言ったら、営業とかかな?
入社時の希望は⋯⋯SEって書いてるね、どういうこと?踊りながらプログラミングでもするつもりだったのかな?わからん。
もう1人はすごく真面目、超頑張ってる、時々空回りするけど、全然大丈夫、フォローで対応できる範囲だから。
そして彼に小さいながらも仕事を任せられるようになって、私の負担も徐々に軽くなってきたのがお盆前あたりで、雲行きが怪しくなったのもこの頃。
私含めたメンバー5人のうち2人が入院した。
1人は交通事故、もう1人は階段からの転落で2人とも2ヶ月近く仕事ができない。
退院後は可能であればリモートで対応する予定だけど、まだまだ先の話し。
そして盆明けに1人、介護休業を取った。
遠方にいる親の介護のためという事で、最長で3ヶ月。
会社からはリモートでの対応も可能である旨伝えてはいるが、どうするかは本人が決めることだ。
流石に5人中3人が抜けた状態では仕事が回らないので、短期間の助っ人を2人回して貰った。
それでどうにかなっていたのだけれど。
「はぁぁぁ」
「大きい溜息だな。幸せが逃げるぞ」
「もう既に逃げられてる」
あと5分で日付の変わる深夜、会社の休憩室で声を掛けてきたのは同期の1人、座間 巽。
海外営業部のエースで、1年の3分の1は海の向こうに行ったりしている。
顧客との時差のため勤務時間が夜型になってしまうのだと、いつだったか言っていた。
「ヤサグレてるな。愚痴なら聞くぞ?」
「愚痴かぁ、うーん、⋯⋯来週末が納期なの」
「あ?うん、追い込みか」
「そう、昨日全テス終わって、まぁ、小さいバグはあったけどほぼほぼOKで、来週の中くらいにはリリースかけられるかなって思っていたんだよね」
「おぉ、お疲れ様」
「あー、うん、ありがと」
「なんだ?嬉しくなさそうだな」
「それが、色々あって来てくれていた助っ人2人が、インフルエンザと例の感染症でダウンしちゃって」
「えっ、納期大丈夫なのか?」
「うん、まぁ、行けるかな、って午前中までは思ってたんだ、けど」
「けど?」
そう、小さいバグなので修正自体はそれほど時間は掛からない。
2人なら2日も掛からずに終われる程度だったんだけど。
「午後にメンバー最後の一人のお子さんが発熱したと連絡が来て、早退して病院に連れて行ったんだけど、手足口病確定で暫く保育園には行けないからお休みします⋯⋯って」
「タイミング悪いな。仕事の方は?」
「それは何とか。修正後のチェックを別グループで手分けして対応してくれることになったから。まぁ、月曜には修正終わらせないとなんだけどね」
「それでこんな時間まで残業か」
「そう。今のうちにできる部分はやっておきたくて」
お陰様で3分の2は終わったから、あと少しやったら帰るつもりでいる。
今日が金曜日で本当に良かった。
どんなに遅くなっても、明日、明後日は休みだからきちんと眠れる。
「なるほど。それであの溜息か」
「あー、あれは、今年に入ってついてないなぁって思って」
「⋯⋯⋯⋯そう、だな」
その間で色々な事を考えたね、わかるよ。
自分でもびっくりするくらい運がないよ、今年は。
この後、何が待っているんだろうって考えると⋯⋯。
「厄祓いに行った方がいいかなーって思ってたところ」
「厄祓いか⋯⋯、なら、これやるよ」
そう言った座間くんが胸の内ポケットから取り出したのは、黒と青の石を使ったネックレス。
黒い方は分からないけど、青い方はラピスラズリかな?
「顧客にそういうのに詳しい人がいてさ、オニキスとラピスラズリを使ってるから最強の厄除けになるって」
「え、でも、コレは座間くんが持ってるべきじゃ⋯⋯」
「俺にはこっちがある」
そう言って見せられたのはネクタイピン。
同じような意匠のタイピンで、ネックレスと同じ黒と青の石が使われている。
「両方くれたんだ。あぁ、もちろん個人的な付き合いでだぞ。彼女にでもプレゼントしろって言われたけど、今、彼女いないしな。だからやるよ、貰いもんで悪いが」
「ううん、ありがと」
「それから、コレも」
目の前に差し出されたのは、ミルクたっぷりのミルクティーの缶で私の好きなやつだ。
「へっ?」
「好きだろ、ソレ。いつも飲んでる」
「あ、うん」
何だろう、ちょっとばかり恥ずかしいぞ。
「あと、帰る時声掛けろ、送ってくから」
「え、いいよ。すぐそこだし」
会社から家まで歩いて10分もかからない。
それに、座間くんにそこまで迷惑はかけれない。
「ダメだ。こんな夜中に何かあったらどうするんだ」
「何もないって」
「ダメだ。俺は車だから遠慮するな」
「⋯⋯⋯⋯わかった」
遠慮ではないのだけれど。
「あ、そうだ、もう1つ」
休憩室を出ようとしていた座間くんは振り返ってじっと私を見ている。
え、何?何か付いてる?
「誕生日、おめでとう」
「ほぇっ?」
あまりにも予想外の言葉に、変な声が出てしまった。
座間くんは肩を震わせて笑っている。
でも、あー、そうか、そうだった、日付が変わった今日は私の誕生日だ。
「で、これは誕生日プレゼント」
ぺろんと薄い長方形の袋状のものを差し出された。
これは知ってる、目に当てて温めるヤツだ。
血行が良くなって疲れた目に良いんだよね。
「少しの時間だけでも目、休ませてやれ」
「うん、そうする」
席に戻ってミルクティーをひとくち。
ほんのりとした甘さと、鼻に抜ける紅茶の匂いにリラックス出来る。
それから貰った温熱シートを目に当てる。
じわぁっと暖かくなる目元に、自然と深く息を吐いた。
「束の間の休息⋯⋯か」
月曜からはまた怒涛のお仕事が待っている。
そのためにもこの土日はしっかりと休んでリフレッシュしないと。
ついでに、リリースが終わったら有給取ってどこかに旅行に行きたいな。
温泉とかいいな、ゆっくり温泉に浸かって美味しい料理食べて一日中ゴロゴロして、神社に御参りして⋯⋯、うん、そうしよう。
あー、でもふたりが帰って来るまでは厳しいかな、どうかな、⋯⋯課長に相談してみよう。
「さーて、あと少し頑張りますか!」
仕事も私生活も順調とは言い難いけれど、今はできることをやる、それでいい。
もう少し余裕が出来たら、頑張った自分にご褒美をあげよう。
それくらいの贅沢、神様だって許してくれるよね。
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(´-ι_-`) 頑張れ座間くん!
10/9/2024, 8:25:39 AM