「残念ですが貴方は死にました」
「へっ」
いきなり真っ白な世界が広がったかと思うと、目の前に小さな女の子が現れて僕に淡々と言った。
「死因は失血死。信号無視をしたダンプカーにはねられて即死でした」
「え、な、何を」
「よって、これから冥界へ向かう手続きに入ります。まず、お名前と誕生日と血液型を」
「待ってくれよ。死んだってなんだよ。ちっとも意味わかんないよ」
少女は僕を見て顔を曇らせながら溜息を吐いた。そんな憐れんだ目で僕を見ないでくれよ。いきなり死んだとか言われて、こっちはそれどころじゃないんだよ。ちゃんと分かるように説明してくれ。
「ていうか、ここ何処なんだよ」
「三途の川を渡りきったところです」
「まだそんなこと、言って……」
「無理もありません。貴方は自分が車に轢かれたことを自覚する前に息絶えたんですから」
「だから!なんだよそれ!僕は死んでなんかいない!来週には結婚式が控えているんだ!死んでなんかいられないんだよ!」
自分よりふた周り近く離れてそうな子に向かって怒鳴りつける。本当ならこんなことしない。けどこれは夢なんだ。たちの悪すぎる悪夢なんだ。だったらいくらでも喚いて早く目を覚ますべきだ。
「嘘なんだろう?早く覚めてくれよ。帰らなきゃ、彼女が僕を待ってるんだよ」
「じゃあ、見てみますか?」
少女が手を掲げると、真っ白な空間の中にスクリーンのようなものが現れた。そこに見えるのは紛れもなく僕の彼女だった。黒い服を着て、何かにしがみついて泣いている。それも尋常じゃない泣き方だった。
「あの中に貴方が入っています」
彼女がしがみついているのは棺桶だった。目を疑う他なかった。そんな、まさか。本当に僕は死んだのか。ならば、今見せられているこれは僕の葬式だというのか。
「うそだ」
「残念ですが」
淡々とした少女の言葉が響き渡る。僕は死んだ。それが真実だと、認めざるをえない声音だった。
「貴方はあまりにも不慮の事故で可哀想な最期をとげたので、1つだけ願いを叶えることができます」
「……死んだんだから、叶えたいことなんて何も無いよ。生き返らせてくれなんて、無理だろ?」
「そうですね。事実は変えられません」
「じゃあ何も要らない」
がっくりと項垂れて、僕はその場に倒れ込んだ。もう、どうだっていいや。どうにでもなってしまえ。何もかも信じられない。もう何も見たくないし聞きたくない。どうせその内できなくなる。
「良いんですか?例えば、あの女性」
「だって、どうすることもできないじゃないか」
「貴方も可哀想ですが、残された彼女も凄く辛い気持ちだと思います」
「そりゃそうだよ。僕ら、本当は一緒に暮らすはずだったんだから」
彼女はいつまでも泣き続けている。酷い嗚咽で、こんなに取り乱した様子を初めて見た。寂しがり屋で優しい僕の愛する人が、僕の棺桶を抱き締めて泣き叫んでいる。
「……ごめんな」
僕は悪くないのに謝らずにはいられなかった。僕のせいで、彼女はこれからひとりぼっちになる。孤独にさせてしまう事実に、何の言葉も浮かばなかった。でも伝えたいことは山ほどある。感謝とか懺悔とか願望とか好きの気持ちとか、こんなにも伝えたいことが沢山あるのに、どれ1つ上手く言葉に表せられなくて、辛くて悔しくて、泣いた。
「その総てを伝えましょう」
少女はぽつりとそう言って、スクリーンの中の僕の彼女に向かって手のひらを向けた。まばゆい光の線が彼女のほうへ伸びてゆく。すると絶えず泣いていた彼女が不意に顔をあげ僕のほうを見た。スクリーン越しに彼女と目が合った。真っ赤に泣き腫らした彼女の瞳が僕をじっと見つめている。
「あぁ――」
最期の最期まで、うまく言葉がでない。ごめんとかありがとうとかさようならとか愛してるとか。伝えたいことは沢山あるのに声にならない。でも少女が届けてくれたようだから、無事に数え切れない僕の思い総てが伝わってくれてればいいな。今はそれしか考えられない。
願わくば、もっと一緒にいたかった――
それを思った瞬間に僕は光に包まれた。お迎えか。
少女が差し伸べてきたその小さな手を取り、光の中へと歩きだした。
2/13/2024, 9:41:26 AM