時雨

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またね

またねと声に出ずとも笑顔でこちらを向いて手を振るきみは誰よりも輝いていた。


日常
ほらーー、早くしなさい!遅れるわよ。今日は大事な日でしょ。そう呼びかける君の声を聞き目を覚ます。

洗面台に行き顔を洗う。歯を磨く。髪の寝癖を治す。
普段ならこれでいいだろうが今日は違う。
念入りに丁寧に自分の身なりを整え、クリーニングで洗いたてのスーツに身を包む。顔は平然を装っているが内心はザワザワして気が気では無い。

キッチンには君が忙しそうに朝食を作っているのを横目に食卓につく。普段は新聞を読むのが日課で好きな番組の時間をいつも確認しているのだが、今日は新聞の内容が頭に入らずめくる音だけが響く。
そうこうしている間に君が朝食を持ってきた。
「はーい、お待たせ。今日はなんだか気分が良くて張り切っちゃった。」
そういって出された朝食は食パン、スープ、サラダ、そして鮭である。 君もソワソワして落ち着かないのだろう。

そんな様子をみて私は口を開く。

「君も緊張しているのか?」
すると君は
「そうですね。 ふふっ。
だって今日はあの子の人生で一番輝く日ですもの。」


決意
ふぅーと息を吐き気持ちを落ち着かせ整える。
手を胸に当てると心臓の鼓動が聞こえる。
その瞬間が刻一刻と迫る。

今日までの道のり長かったな。
そう呟くと昨日の親父との晩酌を思い出す。

俺は正直親父が苦手だった。
幼い頃から無口な上に無愛想。更に何事も厳しく育てられたからかもしれない。

だがあの日だけは心が通じる瞬間が確かにあった。
それに、、、ボソッと呟いた親父の言葉。
「頑張れよ、、、」その一言が今の俺を認められた気がした。


成長
「只今より新郎の入場です。皆様盛大な拍手でお迎えください。」
扉が開き白いタキシードスーツに身を包み一回り大人の顔になった息子がそこにはいた。

堂々とバージンロードを歩くその姿にこれまでの思い出が蘇り一筋の涙が頬をつたう。


成長させられたのは私達の方かもしれない。



帰省
今度息子が帰ってくるのを妻から聞いた。
なんでも第3子が生まれるらしいからその報告にだそうだ。
「あの子ちゃんと上手くやってるかしらね〜」
妻はそんな事を言いつつ晩御飯を作りに台所に立つ。

私は「豪華も程々にだぞ。と心の中で伝えた。」
思わず口に出そうものなら俺の分は無しになるからな。

さて、今回はどのお酒にしようか。
あれから息子とはちょくちょくオンラインとやらの画面越しでお酒を交わすような仲にまでなった。
昔では想像できない。
まあ結婚を機に何かが吹っ切れたのかもしれんがな。

そうこうしていると玄関のチャイムがなり、幼い足音が4足聞こえてくる。

「おじぃーーーー。」
満面の笑顔でわしの胸に飛び込んでくる宝物だ。
「おぉ〜よく来たな!」


妻は今日も騒がしくなるわとわしの顔を見る。
わしも妻の顔を見てそれも悪くないなと笑う。

fin















8/6/2025, 11:55:35 PM