へるめす

Open App

大人になってからするかくれんぼも、存外乙なものだよ――酔態を曝す彼女は、さも心地の好さそうな顔でそんな風に言い抜けると、蹣跚とした足取りで薄暗い公園から出て行こうとする。
待った――咄嗟に追い駆けてはみたものの、打ち続く酩酊感で兀々としていたわたしは、調子のよさげな足音がひとけの無いビル街に隠れて行ってしまうのをただ見るばかりだった。
わたしは薄ぼんやりとした暗闇の中、重怠い身体をどうにか引き摺っていく。信号の光だけが意味も無く明滅する大通りを嗚咽交じりに抜けると、一層暗い路地の方へと滑り込んだ。
――汚れた口許を拭うと、わたしはそのまま路地を進んだ。何となく彼女の気配を感じたからだ。酔漢の――この場合は酔妾の、とでも言ったらいいのだろうか、何にせよ、理性がなりを潜めた深夜の感覚が対象の気配を感知したのだ。
迷宮の様に入り組んだ、蛇状の路地は僅かに下り坂となっていた。大の大人が酔っ払って迷子になってんじゃねぇよ。わたしは彼女を呪いながら、しかし蹌踉とした歩みを着実に前に進める。
ひとかげだ――しゃがみ込んでいる。路地の行き止まりまで来たわたしは、ゆっくりとそちらへと近付き、勢いよく声を掛けた――が、そこに居たのは彼女ではなかった。
それは紛れもなく、幼き日のわたしの姿だった。浴衣を着て、目に涙を溜め、今にも泣き出しそうな。
微かに星の瞬く夜空に、蛙の鳴き声の向こうで花火の爆ぜる音がする。朝靄の様な記憶の中で、わたしは誰か年嵩の女性に手を引かれて歩いている。家族で出掛けた夏祭りで、迷子になったわたしを送り届けてくれたのは――
おいおい、いくら酔っ払ったからって荷物を放り出してどっか行くこたぁないだろう――肝を潰していたわたしの背後から彼女の声がした。眼、真っ赤だけがまさかこんなところで吐いてたのか。わたしにバッグを手渡しながら、赤ら顔の彼女は目を丸くしている。
うっさい!わたしはバランスを崩すのも厭わずに力任せにバッグを振る。痛っ!何てことを。それはそうと、さっき浴衣を着た女の子が泣いてたんだが、あれは幽霊だろうか。言いながら、彼女は、尻餅をついたわたしに手を差し伸べる。
わたしは、わたしの手を引いてあげられただろうか。

---
子供のままで

5/12/2023, 10:45:30 PM