大人になるということ(テーマ 子どものままで)
私はいつも子どものままで。
友達や家族、仕事仲間。
みんな分別をつけて大人になっていく。
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私は、分別がつかない。
夢を諦めきれない。
何も手に入らなかったからこそ。
子どもも居ない、結婚もしていない。
親の介護と仕事しかない人生。
だからこそ、夢を諦めきれない。
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『子どもはかわいいよ』『結婚はいいものだよ』
彼らは言う。でも同じ口でこんなことも言う。
『いつまで夢を見ているの?』『大人になれ』
大人とは何か?
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例えば、ハローワークへ行き、したくない仕事を探し、面接で明るく振る舞い、『これがしたいです』と嘘をつき、めでたく就職して、毎日好きでない仕事をする。
我慢しながら。
例えば、結婚相談所や婚活サイトに登録し、明るい性格を偽装して、仕事の合間に知らなくて興味もない人とデートして、我慢して会話をして、めでたく結婚して、毎日好きでもない相手と暮らす。
我慢しながら。
これが大人なのか。
これが大人なら、何のために生きているのか。
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子どもの頃は、『生きる希望』と言う袋の中には『未来』とか『夢』とか、よく分からないけれどキラキラしたものがあった。
大学生になり、社会人になり、多くの人は『生きる希望』の袋の中には『恋人』とか『子ども』が入る。そして、代わりに『未来』や『夢』が小さくなる。
そして、別の『生きるためにやること』という袋の中には、『仕事』とか『家事』とか『家族の面倒を見る』とか『親の介護』とかやることが数限りなく増えていく。
私は、『生きる希望』の袋の中には、新たな物が入らなかった。昔から居るけど、年々小さくなる『夢』と『未来』があるだけ。
一方、『生きるためにやること』袋の中は、他の人と変わらず、『仕事』とか『家事』とか『家族の面倒を見る』とか『親の介護』とかやることが増えていく。
だから、こっちの袋はなるべく増やしたくない。
『生きる希望』袋より『生きるためにやること』袋が重くなりすぎると、生きていたくなくなるから。
だから、『生きるためにやること』袋だけものを詰め込んでいくと、一見、もっともらしく、社会人しているように見える。
でも、それは「そう見える」だけで、実は『生きるためにやること』袋に好きでもないことを詰め込んで、生きがいの方は空っぽにしていて、人生を生きていくためのバランスを失ってしまっている。
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『みんな我慢しているんだ』
いやいや、それはあなたの『生きる希望』袋に、バランスが取れるくらいの大きな物がいるからだ。
コンビニバイトに企業経営をやれと言っても、時給千円じゃやる人は居ない。
その時、『大人になれ』『みんなしている』と言われても、彼らは責任に応じた報酬(生きていく希望)をもらっている。
まともな報酬なしで、同じことはできない。
釣り合いが取れないから。
一生続く我慢が見えているから。
だから、『それ』をしないのだ。
子どものままで?
それは当然だ。
子どもの時よりも、『生きる希望』が減っているのだ。
我慢も尽きた。
体力も減った。
親は老いて介護が必要だ。
これ以上、『生きるためにやること』袋は重くできない。
人間がみな、マゾヒストではないのだ。
5/12/2024, 8:04:08 PM