薄墨

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眼鏡をかけた。
学校の視力検査に引っかかって、つい一ヶ月前に買ってもらったばかりの眼鏡を。
かけるのはお店でかけて以来、初めてだ。
揶揄われるのが怖くて、何かあったのかと勘繰られるのが嫌で、まだ人前につけて行ってないのだ。

目が疲れている気がしたので、眼鏡をかけた。
目は疲れていても、定期テストは待ってくれない。
いくら目が疲れていても、今からはテスト勉強をしなくてはならない。

勉強では目を凝らすから、見えやすい眼鏡をかけていた方が、目にも負担が少ないはずだ。
それに、確かこの眼鏡のレンズには、ブルーライトカット効果もついていたはずだし。

眼鏡をかけると、急に視界がはっきりした。
世界がくっきり、絵の中のようにハッキリと発色される。

天井はいつもより白く、まっすぐで。
スマホの画面は、わずかに反っている。
エアコンの上、照明の傘にうっすら積もった埃が見える。

遠くの文字も読むことができる。
ぼやけていた輪郭が、ピンとしている。
まるで、輪郭を縁取ってから塗った塗り絵だ。

眼鏡をかけて、部屋の中を見まわした。
窓ガラスは、白い指の跡が残っていた。
床には、細い髪の毛が落ちていた。

目が良くなると、掃除がしたくなる。
今までぼんやりとした輪郭の中で、物や背景に溶け込んでいた汚れが、ハッキリ見えるから。

ふと、部屋の片隅を見上げた。
三辺に伸びる部屋の輪郭が、部屋の角の一点に集まって、固まっている。
壁の白が、部屋の片隅に集して、小さな白い一点を作っている。

妙に魅力的だった。

そんな部屋の片隅に、薄汚れた灰色の綿埃が、薄々と積もっていた。
白い点は微かに濁っていた。
…なぜだか急に、それが許し難いことのように思えた。

私は、掃除機を手に取る。
埃払いのパタパタを引っ張り出して、もうボロボロの布を、ボロ切れにして、水に浸す。
「急にどうしたのー!」
騒ぎを聞きつけたママの声が、階下から聞こえたけど、もう知ったことではない。

掃除をしなくては。
あの部屋の片隅の埃を払って、窓を水拭きして、床の汚れはみんな掃除機に吸い取って…

私はマスクをつけると、部屋の片隅で黙々と掃除を始める。
眼鏡の魔法にかけられて、ゆっくりと。

窓を磨き、掃除機をかけ、部屋の隅をはたく。
ボロ切れやボロの歯ブラシを汚れに当てこすり、掃除機やコロコロを床に這わせて、埃を絡めとる。

なんだか気分がスッとする。

私は黙々と掃除を続ける。
埃を取り、煤を磨き、ゴミを捨てる。
部屋の片隅から片隅へ。

部屋の片隅で、なんとなく一生懸命に掃除をする。
…明日のテストから目を逸らしながら。

徳が溜まりそうだし、これもある意味テスト対策である。
そう言い訳をしながら、私は掃除を続ける。
部屋の片隅で。黙々と。

12/7/2024, 2:42:42 PM