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お題:優しさ


 凄惨な現場だった。こなすことはできても、目を瞑りたくなるような任務は山ほどある。
「七海サン、辛いときは泣いていいんですよ?」
 よほどひどい顔をしていたのだろう。顔が真っ黒いスウェットへと押しつけられる。服越しに彼の規則正しい心臓の音が聞こえる。
 彼の優しさに甘えて身体を預けたままにしていると、背中をゆっくりとさすりながら、髪にそっとキスを落とされる。くすぐったいが、振り払う理由はなかった。
「……少しは落ち着きましたか?」
 あたたかい掌で背中をさすってもらい、そのまま抱きしめられるうちに、気持ちが凪いでいくのがわかった。
 彼と付き合うまで知らなかった。誰かに両腕でしっかりと抱きしめられる――ただそれだけで、こんなにも心が穏やかになるなんて。

1/27/2024, 10:57:10 AM