真岡 入雲

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「お前の部屋、病室みたいだな」

彼の言いたいことは何となくわかる。
けれど、言葉は選ぶべきだと思う。

白を基調とした私の部屋には、物が少ない。
と言うより、見える所に物を置かないようにしている。
何故か、と問われれば『生活感』が出るから。

私は今どき珍しい、七人兄弟の真ん中。
まぁ、親の再婚で七人兄弟になっただけで、私は元々一人っ子だった。
父さんが再婚するまでは、二人で住んでいた家に継母とその子供六人がやってきた。
二人で暮らすには広かった家も、九人で暮らすとなれば狭くなる。
それまで一人部屋だった私は、同い年の姉との二人部屋になった。
兄弟仲は悪くなく、みんなと仲良くワイワイ暮らしていたけれど、一つだけ問題があった。

私は目につくところに物が沢山あるのが苦手で、『生活感』のある空間ではリラックスできない。
何故かと聞かれても良くは分からないけれど、気が散って集中できなくなるし、落ち着かない。
酷くなると眠ることすらできなくなってしまう。
これは多分、小さい時からそういう環境で育ってきた所が大きいのだと思う。
だから、同い年の姉との二人部屋は私には辛かった。
姉は片付けができない人では無いが、色々と物を置くのが好きで、可愛いぬいぐるみ、綺麗なジュエリーボックス、見せる収納という名のマガジンラック等、私の苦手とするものばかりを部屋に持ち込んだ。
そして極めつけはアイドルのポスター。
壁一面、所狭しと貼られて私は絶望した。
対策としては、姉のエリアと私のエリアに分け、間をカーテンで仕切った。
これでどうにか余計な物が視界に入らない空間を確保した。
それでも、普通の生活空間は、もうどうしようも無く我慢するしかなかった。
なので、長期の休み等は祖父母の家に避難したり、ホテル合宿をするなど色々と対策した。

高校を卒業し、大学に通うのと同時に家を出た。
と言っても、実家から二駅離れた、駅にほど近いマンション。
父の友人の持ち家で、仕事の関係で六年ほど海外へ行くことになったため、その間だけ住む人を探していた。
ただ、持ち家なので知らない人に貸すのは気が引けるので、どうしようかと悩んでいた所に、丁度よく私が家を出る事を検討し父に相談したのだった。
父としても、家から近いし、自分の仕事場にも近い。
駅からも近くセキュリティも万全な物件だったため、言う事なしで即決した。

そして二週間前、六年間暮らしたマンションを本来の家主に返すため、私は引越しをした。
会社に徒歩で通える距離にある、少し年季の入った賃貸マンションへ。
造りは古いが内装はリノベーションされていてとても綺麗だし、家賃もお手頃価格。
必要な家具を揃え、荷物の整理が終わり、新しい部屋が整ったのがつい一週間前のことだ。

で、ここで冒頭に戻るわけだけど、大学を卒業し、無事希望した研究職に就いて二年弱。
仕事でよくペアを組まされる、同期の男性が吐いたセリフがアレ。

「いいから、早く」
「ヘイヘイ」

私が急かすと彼は手にしていたキャリーを床に置き、蓋を開けた。
しばらくじっと待つと中から白い手がにゅっと出てきた。
そして次に丸いフォルムの頭が出てくる。

「椿姐さん、宜しくお願いします」

彼がそう言うと、『椿姐さん』と呼ばれた白猫は短く「ニャッ」と鳴いて周囲をぐるりと見回した。
音を立てず、部屋を時計回りに歩く姿を私と彼は目で追う。
心做しか室温が下がった気がした。

何をしているかと言うと、除霊と言われるやつ。
引越しをしてから、あまり眠れていなかった私に対し、彼が声をかけてきた。
最近引越ししたか、と。
会社の総務には手続きをしたが、引っ越した事は誰にも話していなかった。
不審がる私に対し彼は一つ大きく息を吐き出すと耳元で言った。
『ここのところ眠れてないよな。あと左の肩から腰にかけて痛いだろ?』
聞けばそう言う能力を持っているらしい、けれど自分は見えるだけなのだとも。
初めは半信半疑だったけれど、色々と知らないはずのことを言い当てられて、信じるしか無かった。

「ねぇ、いるの?やっぱり」
「いる。というか、思った以上に居てびっくりだわ」
「えっ」

会社では三体くらいとか言ってた気がするけど、それ以上ってこと?

「んー、この部屋がダメなんだな」
「どういう事?引っ越さないとダメって事?」

流石に引っ越して二週間でまた引越しはキツイ、肉体的にも金銭的にも。

「そうじゃなくて、病室みたいだろ、この部屋。白ばっかで、物も少ないから殺風景だし。病室に似てるから寄ってくるんだよ。で、寝るんだベッドに。お前と一緒に⋯⋯」

彼の視線はベッドへと注がれる。
つられて私もベッドへと視線を移した。
一緒に寝る、その光景を想像してしまい、さぁっと血の気が引いた。

「カーテンとベッドカバーの色を変えて、あと猫とか犬とか飼えれば良いけど、ここペット禁止物件?」
「ううん、OK物件だけど、仕事でいないことの方が多いから可哀想な気がして」
「確かにそうか⋯⋯、なら植物とか熱帯魚とか、少しでも生気を感じるものを置くことだな」
「わかった」

観葉植物なら置いてもそれほど気にはならない。
ただ、あまりたくさんは無理だけど。

「後は時々こうして椿姐さん連れてきてやる」
「えっ、⋯⋯ありがと?」
「何で疑問形なんだよ」

軽いデコピンを貰って、全然痛くない額に手を置く。
椿姐さんは相変わらず部屋の中を歩いている。
時折立ち止まっては、ミャウと鳴いてまた歩き出すのを繰り返す。
椿姐さんは除霊ができるそうで、多分今も部屋を歩き回りながら除霊してくれている。
報酬はチュールと猫缶で十分で、後は彼に夕飯を一回分奢る約束。
これで安眠が手に入るなら安いものだ、そう思って、だいたい月に一回から二回、椿姐さんに来ていただいた。

これがきっかけで、いつの間にか彼と付き合い始めて気がついたら結婚していたとか、何だか騙されたんじゃないかしら、と今でも時々思う。
けれど、小さな息子が何も無い空間に向かって手を伸ばして笑っていたり、椿姐さんの子供が家の中を歩いて、時々ミャウと鳴いていたりするから、多分騙されてはいない⋯⋯よね?



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(´-ι_-`) お猫様は神秘的デス( ΦωΦ )


8/2/2024, 4:25:50 PM