卑怯な人

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「魔法」

九月の末。残暑も薄れ、涼しみを感じるようになり、今のうちに夏に使った物を家族総出で片付けようと思い立った。一人では辛い量の荷物も、数の暴力の前では歯が立たない。片付けを初めてから一時間ほど、終わりの目処が立った時だった。手持ち花火を見つけたのだ。

一体、この花火はいつ買ったものなのか。頭の中にある夏の記憶を一つ一つ呼び起こす。色々と思い出していく中で、やっと答えを見つけた。家族と一緒にショッピングモールへ出かけていた時、息子がおもちゃ屋さんで見つけて「花火をしたい」と言い出したのが始まりだった。私と妻は、夏の時期で、休みの日も近かったために、特に拒否する理由も思い浮かばず、息子の希望を聞き入れた。

そこから気づけば九月が終わろうとしている。「花火が欲しいと言った張本人が忘れるなよ」と、半分笑いながらもこの花火をどうしようかと考えていた。たが、息子に見せれば今すぐにでも花火をしたいと言い出すだろうし、このまま置いておくと再び忘れてしまいそうなので使い切ることにした。

そこからの話は早かった。息子に花火をするかと聞くと、一瞬でやると元気に答え、日が沈んだ後に行うことになった。

花火をすると決まった途端、息子の働き具合ときたらとてつもない。時間はいつどんな時でも一定の早さで進み続けるというのに、片付けを早く終わらせようと邁進している息子の姿を見て、私と妻は笑っていた。

さて、息子と献身的な働きもあり、片付けは1時間半程で終わった。だが、息子のボルテージは際限なく上がり続けており、日の入りを待ち侘びていた。そんな姿を見て、「自分もこんな時期があったな」と、昔を懐かしんでいた。

なんやかんやで時間は進み、日は沈んだ。気分が上がりすぎたのか、謎のダンスまで踊り始めていた息子を呼び、近くの公園へ向かった。この花火を使い切ることで、夏にやり残した事は無くなる。水の入ったバケツも用意したことだし、始めよう。私たちは私たちの夏に終止符を打つ。

先ずは息子が花火に火を付けて、その火を妻、私の順にお裾分けする。若干、季節外れの花火を私たちは楽しんだ。息子が「俺は魔法使いだ!!」と元気にはしゃぎ、花火を振り回していた。流石に危ないので注意をし、多少落ち着かせた。だが、その一時が幸せだった。そして、幸せな時間は一瞬で過ぎてしまうもの。わんさかあった花火も残るは線香花火だけになった。

最後に火を付けて、線香花火を見守る。この魔法に掛かったような時間も、線香花火が落ちることで終わってしまう。それがどうしても嫌だった。この気持ちは大人になっても変わらない。しかし、思いの外早く線香花火がするりと地面に落ちて、静かに輝きを失った。

花火の後片付けしている時に、息子がまだやりたいと呟いた。しかし、花火が無くなってしまった今、どうしようもない。「また来年、三人で花火をしよう」と、約束する事で息子も納得したのか、無事お開きとなった。

この時魔法が終わろうとも、またいつかやってくる。
そう信じて。
      
                 了

2/23/2025, 3:06:52 PM