名前の無い音

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『記憶』

書きたかった

でも

記憶を たどってしまったら
どうしようもなくなってしまったよ

バカだな
ずいぶん昔話になったのに

だから 春は嫌いだ
私から 何でも 奪っていく

※ ※ ※

最初に出会ったのは バイト先
大学生だった彼は 私より歳上だったけど
隣を歩くと 妙に居心地が良かった

私にとって 初めて出来た 好きな人
そして 初めて出来た 彼氏

本当に不思議な人だった
いつも 変な話ばかりして
笑って 笑って 笑ってた
たぶん 一生で一番笑ってた

ずっと ずーっと
こんな毎日が続くんだろうなって
思っていた

何度目かの春が来る少し前
『ちょっとだけ 実家に顔出してくる』
そう言って 彼は帰省する事になった
なんてことない 2泊3日だって

しばらく会えなくなるねって
話した日のバイト終わり
いつもの駅の改札前

「じゃあね」
「またね」
「電話するね」

二人で 手を振りあって 別れた
彼は 改札を抜けて 一回振り返って
私は それを見送って 手を振って

いつものように
いつもとおなじに
何も疑わずに
何も思わずに

手を振って 別れた
ただ それだけだった


それだけだったんだ

5/15/2022, 10:50:46 PM