かたいなか

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「手強いお題、最近、ちょっと来過ぎだろ……」
前回は「蝶よ花よ」、前々回は「最初から決まっていた」、その前は「太陽」に「鐘の音」。
さぁ面白くなってまいりました。エモ系の題目を不得意とする某所在住物書きは、ひとつため息を吐き、己の引き出しと構築力の無さを嘆いた。
「そろそろ箸休めというか、筆休めと言うか、ラクに書けるお題が欲しいんよ」
でもきっと、この2時間後に配信されるお題も、その次のお題も、「何をどう書けってよ」だぜ。
物書きはうなだれ、題目配信から22時間後にようやく仕上がった文章を投稿する。

――――――

最近最近の都内某所、某アパートの一室。
人間嫌いと寂しがり屋を併発した捻くれ者が、職場の上司からデータで送られてくる膨大な量のタスクを確認しつつ、気象情報などをスマホで確認していた。
名前を藤森という。
台風、降雨災害、フェーン現象による日本海側の猛暑酷暑。故郷であるところの某雪国も、クーラー保有率下位地域とは思えぬ高温。すなわち灼熱の予報。
縮まってきた東京と北国の気温差に、藤森は晩夏の足音を聞いた気がして、すぐ勘違いと断じた。

最高気温≦体温が晩夏であってたまるか。

『お久しぶりです』
雪国ってなんだっけ。
故郷の今日の最高気温をスマホで見て、段々己の認識が揺らいでくる藤森。
『覚えてますか?3ヶ月くらい前までお世話になってた新人です』
久しく見ていなかった相手からダイレクトメールが届いたのには、少々だけ、驚いた様子。
それは5月いっぱいで離職した新人。メタい話をすれば5月25日、藤森に辞める旨を伝えてきた、「たまたま一瞬人生が交差しただけの誰か」であった。
『新しい職場が決まりました。8月から少しずつ、頑張ってます』

『それは良かった』
わざわざ前職の人間に報告するようなことでもあるまいに。藤森は形式的なメッセージを返しながら、しかし3ヶ月前までの仲間の再起を喜んだ。
『仕事はどうだ?上司や先輩には恵まれているか?』

『まだよく分かりません。頑張ってはいますけど、「また上手に、完璧に仕事をしないと上司にいじめられる」って思って、どうしても怖くなります』
『まだ2週間も経っていないんだろう?完璧を目指す必要は無いし、上手くいかなくても良いと思う。
何か心配事でも?今の職場の人間に相談は可能か?』
『違うんです。職場に変な人がいて、その人が藤森さんのことを「ブシヤマさん」って呼んで、しつこく勤務先と住所聞いてくるんです』

『私をブシヤマと呼んで勤務先聞いてくる変な人?』

『ストーカーみたいな執着で怖かったので、ブシヤマじゃなくて藤森ってことも、勤務先も教えてません』
藤森は己の舌先から、そして唇から、さっと血の気が引いていくのを知覚した。
藤森を「附子山(ブシヤマ)」と呼ぶ人物に心当たりがあったのだ。
詳しくは過去作7月18日〜20日投稿分に説明を丸投げするものの、要約するに、藤森は過去散々な目に遭わされ、ゆえにずっとこの人物から逃げ続けていたのである。

『藤森さん、気をつけてくださいね』
かつての新人のメッセージは、それで終わった。
藤森は今後の己の逃亡劇が上手くいくように、
仮に上手くいかなくとも、最悪の事態だけは回避できるように、誰となく、天井を見上げ祈った。

8/10/2023, 7:59:57 AM