作品36 風邪
ピピピと、音が鳴るのを確認し、服の中から体温計を取り出す。37.8。
見事に熱が出ている。
「何度だったー?」
リビングから母の声が聞こえた。
「37.8!学校休める!」
「そーね。連絡してくるから寝てなさい。」
心配する様子は微塵もなく、母はスマホを取り出し電話をかけた。よそ行きの声。
何故か女の人って電話するとき1オクターブくらい声のトーンが上がるよな。あれ何なんだろ。音楽苦手だからオクターブなんて知らないけど。
そんなのさておき、休みができた。嬉しい。何しようかな。体はすごい元気だし何でもできる。
とりあえず、映画観るか。
スマホを手に取り面白い映画と検索をかけ、適当にスクロールし止める。指に一番近かった映画を見ることにした。
リモコンを手に取りテレビをつける。さっき見た名前を数文字打つとすぐ出てきた。結構有名らしい。興味ないけど。
ところで。映画といえばポップコーンとコーラが必要だ。しかし、悲しきことに口の中が乾くものも炭酸も苦手だ。
と、いうわけで。
「お母さーん。ジュース飲んでいー?」
母に声をかけた。
「三杯までね。」
小さくガッツポーズしてから冷蔵庫を開ける。リンゴジュースとアップルジュースとぶどうジュースが並んでいた。リンゴかアップルだなと迷う。
そしてしばらく考え気づく。
どっちも同じじゃねーかよ。だめだ頭は風邪の影響もろに食らってる。
半ば投げやりになって、一番近くにあった方を取ると、日本語の方に当たった。
机にペットボトルを置き、コップを持ってきて注ぐ。氷もあったら入れたいけど、残念ながら作っていなかった。
テレビの前にあるソファーに座り、再生ボタンを押す。映画が始まる前にある広告が流れた。
早く始まらないかな。
「ちょっと買い物行ってくるけど、欲しいものある?」
振り向くと、母が車の鍵を片手に立っていた。
「んーとね。カルピスとゼリー。あと新しいゲーム機。」
「ゼリーね。お昼は?何食べたい?何食べれる?」
「何でもいける。あ、おかゆ食べたい。」
「わかった。」
じゃ留守番お願いねといい、玄関へ向かっていった。なんて事務的なやり取りなのだろう。しかもカルピス無視されたし。
いってらーと叫びテレビを見ると、ちょうど広告が終わったところだった。
ゴロリと寝っ転がり、頭とコップを手すりに置く。この映画が終わる頃は、三時間目が始まるころかなと計算する。なんか得した気分。
うきうきしながら画面を見た。
うーん。微妙。
エンドロールを眺めながら、出てきた感想はそれだった。
伏線もないし起承転結もあまり強くない。セリフも全部棒読みだし、クライマックスがあるわけでもない。強いて言うなら画はきれいだった。大人になってみると、面白いかもしれない。きっとそうだ。
なんて偉そうに考えていると、だんだん眠くなってきた。
目が覚めたのは、母のただいまーという声だった。
「あれ寝てたの。映画どうだった?」
聞いてしまうのかそれを。
「そこそこ。お母さん好きそうだった。」
「てことはつまらなかったのね。」
やはり母には敵わない。
「はいこれゼリー。」
蜜柑の写真がついたゼリーを渡された。さすが。分かってる。
「あざます。」
ありがたく受け取り、椅子に腰掛け、蓋をペリペリっと開ける。蜜柑のいい匂い。やっぱ果物といえば蜜柑に限るな。
プルプルとしたそれを匙ですくい上げ、口に運ぶ。甘酸っぱい果実が口の中で弾ける。あーまじでたまんない。さいこー。
一個食べ終えたところで、母がお粥を持ってきた。
「もう食べたの!?これ食べてからにしなよ……」
「だって渡してきたじゃん。」
「まったく……」
そう言いながらおかゆが前に置かれた。目の前に湯気が広がる。熱々だ。
じーちゃんばーちゃんお手製の梅干しを上にのせていると、母が言った。
「あ、そういえば食糧庫にフルーツ缶あったはずだから、お昼足りなかったら食べて。」
それはすばらしい。
「ちなみに……?」
期待を込め、聞いてみる。
「蜜柑。」
「神様。」
小さくガッツポーズすると、早く食べなさいと怒られた。
おかゆを軽く冷まし、パクっと食べる。うん美味しい。やっぱ風邪ひいたときはおかゆだな。
ごちそうさまでしたと両手を合わせ、食器をシンクへ運び水につける。
そして食糧庫を開け缶カンがあるのを確認し、ベッドに向かう。食べようと思ったけど、流石に食べすぎた。
布団に入り時間を確認すると、ちょうど学校では五時間目が始まるところだった。明日は念の為休む予定だから、登校するのは明後日からか。面倒くさい。こっそり休もっかな。
なんて考えながら、ベッドの隣にある本棚から読みかけの本を一冊取り出した。
寝る前に読むために買った小説。題名に夢という文字が入っているから、寝る前にぴったりだ。
栞が挟まれているページを開き、文字をなぞる。
じんわりと頭の中で風景が広がり、セリフが再生される。こういう時間が、一番幸せだな。ずっとこうなってたい。
満腹になったからか、まぶたが重くなる。
夢の中で、誰かが百合に接吻し、男が子供を背負い、知らん人が木彫りをしていた。
絶対この話に影響されているからだろうけど、思う。
なんてカオスなのだろう。
⸺⸺⸺
蜜柑は芥川龍之介なのに夢十夜。なんなら檸檬も入れたかった。こうして人と作品をごちゃまぜにしていく。風邪ひいたときの夢みたい。
12/16/2024, 1:33:20 PM