「おかえり、ママ。ご飯出来てるよ」
「あー、ありがとう日奈子〜もう、また会社で会議が長引いちゃって・・・ったく、ほんっっと使えないんだからあの新人、空気読めよー」
お母さんは、いつも仕事から疲れて帰ってくる。
だからわたしがお母さんのために、美味しいご飯を作ってあげなくちゃならない。
お母さんが、塩をかけようと乗り出したわたしの間を勢いよく通り過ぎたので、危うくコロッケが地獄を見るところだった。
お母さんは、冷蔵庫からチューハイを取り出すと、テーブルにつく前にすぐに缶をあけた。
「もう、飲まなきゃやってらんないわ」
わたしは、すこし遅れて席に着くと、手を合わせた。
「いただきます」
「ほんとよくできた娘ねーアンタは。つくっといて良かった」
「あぁ、えへへ、コロッケどう?ちょっとしょっぱくしすぎちゃったかも」
「そう?おいしいおいしい」
お母さんはチーズが好きだから、コロッケに入れてみたんだけど、気づかない、よね。
わたしとお母さんは、お父さんと離婚してからは、ずっと二人暮らし。
たくさん働いて、大学にも行かせてくれるつもりのお母さんには、とても感謝している。
なのに、こんな気持ちになるのはなぜなんだろう。
「それ、毒親じゃない?」
お昼休み、卵焼きをつつきながら、友達の美晴は、わたしの話にそう答えた。
「え?」
どうして?
「ど、毒親っていうのは、虐待とか、子どもに過剰な期待をしたりとか、でしょ?うちのお母さんはちが」
「毒親って、別に珍しくもなんともないよ。世の中の親全員毒親とかいう話もあるけど、究極はそうでしょ。自分の子どもが結局一番かわいい。かわいい子には、幸せになってほしい、つまり自分の思う通りに生きてほしいってこと。それってれっきとした病気だよ」
「病気なんて、そんな」
「部外者だし、あたしは子ども育てたことなんかないよ。もちろん、まだ高校生だもん。ただ、友達としてひとつ言っておくよ」
わたしは、いつになく真剣な美晴の目に、ごくりと生唾を飲み込んだ。
「会社の愚痴に、日奈子は関係ない。大人の愚痴は大人に聞いてもらいな」
わたしは、今までなんとなくお父さんが嫌いだった。
給料は高くないし、無神経だし、休日は昼まで寝てるし・・・
あれ?でも、
これって全部お母さんに言われたことじゃない?
わたし自身は、思い返してみれば、お父さんに直接嫌なことをされた記憶はない。
家にいる時間が少なかったのもあるかもしれないけど・・・
わたしは、学校の帰り、反対の電車に乗った。
なんとなく、真っ直ぐ家に帰るのが苦痛だったのだ。
見慣れない車窓からの風景に、小さい頃の記憶が重なる。
お父さんと二人で行った遊園地。
初めて乗ったメリーゴーランドという乗り物。
「わぁ!楽しい!」
わたしが楽しそうな姿を見て、お父さんはただ、目を細めて笑っているだけだった。
日々の生活に追われている中、忘れていたけれど、ちゃんと思い出せた。
「なんだ、わたし、お父さんのこと好きじゃん」
同時に後から後から勝手に涙が溢れてきて止まらなかった。
「好きで・・・いいんだ。わたしは、お父さんのこと。お母さんに引け目なんて感じなくていい」
あの日、お母さんとお父さんが離婚して、わたしの中
のメリーゴーランドは一度止まってしまったんだろう。
わたしは、お父さんもお母さんも、二人とも大好きなのだから。
3/9/2023, 2:25:34 PM