警邏隊に所属するディミトリには誰にも言えない秘密があった。知られてしまったが最後、その者を口封じするはめになる秘密が。それは相手がそれを周囲に洩らしてしまうのを防ぐため――要は相手が信用できないからであり、それが彼の直接の弱味になるからだった。
ひょんなことから、フランチェスカは彼が隠していたその秘密を知ってしまった。彼はその秘密によって苦しんでいたので、彼女は迷わずに手を差し伸べた。それは、彼にとって驚きだったようで、驚きと警戒で身を固くしていたが、やがて彼女の手を取った。彼にとって、彼の秘密を知って恐れぬ者を見るのは初めてだった。
その日はちょうど、満月の夜だった。
口外すると殺すと脅すディミトリに、別に誰にも言いませんよとフランチェスカは軽く請け負った。彼にとっては喉元に刃を突きつけられているようなものなのだろうが、彼女にとってはよくある類の言えない秘密だった。誰にだって、人に知られたくないことの一つや二つあるものだ。それはフランチェスカにだってある。ゆえにお互い様ということだ。
フランチェスカは翌朝のための仕込みをするために、詰所の台所で黙々と食材を切っていた。とんとんとんとリズミカルな音が鳴る。この音に耳を澄ませていると、いつの間にか、必要以上の量を切っていることがあるから気をつけないといけない。
「フランチェスカ」
ふいに彼に名前を呼ばれたので、彼女は平静を装って、持っていた包丁を俎板の上に置いた。余所見をしながら作業していたら、指を切ってしまうかもしれない。それは自分のためにも、彼のためにもよくないことだ。
「ディミトリさん、どうかされました?」
振り向いた彼女に彼は言った。
「そろそろ……ここを出るつもりだ」
彼女は目をぱちくりとさせた。
「随分と急なお話ですね」
「俺はこういう体質だから、一ところに長居し過ぎないようにしている。ここもそろそろ潮時だと思っていた……」
「……そうですか」彼女はさみしげな微笑みを口許に浮かべた。「さみしくなりますね」
「お前も一緒に来ないか」
彼女は再度目をぱちぱちさせたあと、俄かに目を輝かせ始めた。
「わたしもご一緒していいんですか?」
「ああ。……お前にまとわりつく追手くらいなら簡単に追い払ってやれる」
嬉しいと微笑んで、フランチェスカは彼の手を取った。当初は即座に振り払われたそれが、振り払われなかったこと。それこそが彼からの信頼の証だと感じて、より幸福を覚えて彼女は彼の手を握り締めた。おずおずと握り返した彼が、困ったような顔をしているのがおかしかった。
6/5/2024, 7:20:54 PM