「それじゃ、次はお盆に帰ってくるから」
じゃあね、と軽く手を振って兄は去っていく。
それこそ生まれた時からずっと一緒だった兄は、就職を機に家を出てもう一年以上過ぎた。兄のいない家にはすっかり慣れきったがそれでも寂しく思う。故に兄が帰る時はいつもこうやって駅まで見送るのだ。
兄が乗る電車が出るまで、待ってよう…そう考えながら駅のホームを見下ろす。
暗い街並みにぽっかり浮かぶように駅は煌々とした光を放っている。窓に張り付いたカメムシに少し目をとられながらぼぅっと外を眺める。
わたしは、夜の駅というものが好きだった。
暗闇の中光る線路。普段明るい時間にしかいかない場所の変わった一面。青白い蛍光灯の光に照らされた無機質な通路。それら全てがわたしの中の何かを刺激するようで、胸のざわつきと高揚感にどこか落ち着かなくなる。
ふっと、窓の外の線路の先に光が灯った。兄の乗る電車が来たのだ。電車の明かりはどんどん大きくなりそれが電車であることを主張する。
あぁ、兄が行ってしまう。
止めることは叶わないし、仮に止められても…と考えても寂しいものは寂しい。
じっと電車を眺める。いつも乗っているものと同じ車両。家族で出かけるときにいつも乗った電車。
プシュウという小気味良い音が聞こえ、電車は音を立てて走り出した。真っ暗闇を裂いた光も、次第に見えなくなっていく。
帰る前に駅をぐるりと見回す。なぜこうも物悲しく感じるのか考えたかった。
でも考えは直ぐにまとまってしまった。
単純な話、ここは普段の来ない非日常の塊だからなのと、どこかに遠出した際はこれくらいの時間に返ってくることが多くて、その時の見知った場所に帰ってきた安堵と、楽しい時間が終わってしまった楽しみが同居していた。
わかったら、わたしはさっさと駅を出た。
女一人で夜道を歩くのは危ないと親からも兄からも口酸っぱく言われていたのを思い出しながら駅を出て、しばらく歩いて振り返る。
田舎の方のわが町に似つかわしくない近未来的な姿。眩しく輝くその姿に目を細めながらわたしは前に向き直り家へと歩き続ける。
この夜の駅にもう一度くるのは、盆休みに帰ってきた兄が帰るときくらいなものだろう。
軽く後ろ髪をひかれるような思いを抱きながらわたしもあの電車と同じように暗くなり始めた町に消えていった。
きょうのおだい『夜景』
9/18/2024, 7:12:26 PM