懐かしく思うこと
手を伸ばしたくなる月は一年ぶりだった。
満月の夜。下戸な僕が月に一度、酒を飲む日だ。
ベランダで、切子のグラスにまあるい氷をがらんと入れた。
氷はまるで元々そこにはまっていたみたいに収まる。
そこにウイスキーをちょびっと、ソーダ水を並々に注いだ。
カランコロン――
ドアチャイムを優しく叩いたような音を鳴らしながら、氷は空中ブランコみたいに一回転して浮かび上がった。
「ふぅ……」
ほっと、一息。
酒をかき混ぜる。
カラカラ――
ドロップの入りの缶を振ったみたいな音がする。
まだ鳴り止まないうちに、僕は酒をぐっと飲んだ。
「うぇ……。やっぱキツいよ」
(馬鹿だな。そんなの飲んだって仕方ないじゃないか)
「そうでも無いんだぜ」
(いいや。君は馬鹿なんだ)
「お前の方が馬鹿だった」
(……)
1年前、満月の夜。
僕の親友は独りで逝った。
遺書には「ばーか」って一言。
元々その気はあった奴だ。
どこか厭世的で、勝手に悟ったような顔して、いつも僕と反対のことをする。
「ばーか」って、誰が馬鹿だよ。
あの日の晩からしばらく、あの満月は過ぎた夜じゃなかったんだぞ。月が満ちる度、ついさっきお前がいなくなったみたいな、そんな気分だったんだ。
あっちでもニヒルに笑ってるんだろうなって、お前を懐かしく思えるようになったのはつい三ヶ月前なんだ。
思う度、チビチビと酒を飲んだ。
グラスの酒が尽きたので、僕はまた、ウイスキーを注ぐ。
カラン――
(もうやめとけって)
「月に一度なんだよ」
(なら来月もあるだろ)
「うるさいぞ寂しがり屋」
(それはお前のことだろう!)
「怒るなんて珍しいな」
しんと冷たい夜に、僕の体はまだ暖かい。
(……風邪ひくぞって言ったんだよ)
「構わない」
(構わなくない。熱でも出たらどうするんだ)
「そりゃそんとき考えるさ」
(それじゃ……!)
「怒るな。人のために怒るな。さっきみたいに自分のために怒れよ」
(……)
「不器用な奴だな。素直に言えよ」
(……お前はまだ、こっちに来るべきじゃないし、近づくこともしちゃいけない)
「もうちょっとだぞ」
(……元気にしてて欲しい)
「……分かったよ」
僕はまた、ウイスキーを注いだ。
「なんてな。誰がお前の言いなりになるか!」
(お前……!)
グイッと酒を一気に飲んだ。
「また来月な」
(もう飲むな)
「また来月な」
(もういいから)
「また来月な」
(……ありがとう)
「……はじめからそう言えって」
やっと素直になりやがって。
星の数が増えて見えた。
ほとんどソーダ水のウイスキー。たった三杯の間しか会えない。
やっぱりもう一杯飲もうかな。
『やっぱりお前は馬鹿なんだ』
懐かしい声が聞こえた気がして振り向くと一陣吹いて、さ、寒い。
「は、ぶわぁっ、ハクション!!」
10/30/2023, 2:05:10 PM