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「燈里《あかり》。話す時は目を見るな」

囁かれる忠告に、燈里は横目で隣に座る冬玄《かずとら》を見た。
表情のないその横顔からは、何を考えているかは分からない。逆隣りに座っている東の刺すような警戒も感じられず、それが燈里の不安を掻き立てる。
視線を前に向け、正面に座る夏煉《かれん》と繩手《なわて》を見た。
夏煉の表情は普段と変わらない。しかしその目はどこか鋭く、繩手の言動を監視しているのだろう。
警戒されていることを感じているのか、それとも囲まれているからか、繩手の表情は青白い。記憶の中に朧気に残る彼の姿とかけ離れた姿に、燈里は僅かに目を細めた。
目を合わせてはいけない。目を合わせ取り込まれないよう忠告されたということは、縄手には確実に何かが憑いているということだろう。
それを守り、視線を落とした繩手のかさついた唇を見ながら、燈里はゆっくりと口を開いた。

「ごめんね、物々しくて」
「あ、いや。同窓会の後の話を聞いたんなら、それも仕方ないっていうか……あ。お、俺が何かした訳じゃないんだ!それは、信じてほしい」

酷く掠れた声だった。記憶の中の繩手の声との差異に、燈里は表面上は穏やかに微笑みを浮かべながら、内心で警戒を強める。

「うん、そんなこと思ってないから心配しないで。それより、私に話があるって聞いたけど」

繩手の唇が震える。目を見れないため、彼が何を考えているのか察することは難しい。だが震える体や唇は、何かを恐れているように燈里には感じられた。

「じ、実は、その……助けて、ほしくて」
「助ける?」
「話を聞いてくれるだけでもいいんだ!これ以上はもう、本当に……っ!」

がたがたと繩手の体が激しく震え出す。痩せた手が顔を覆い、呻くように声が漏れる。
最初に反応したのは東だった。警戒を露わに立ち上がる彼女を、夏煉は短く名を呼ぶことで制止する。それでも納得がいかないのか繩手に鋭い視線を向け、ややあって元の通りに座り小さく鼻を鳴らした。

「繩手くん?」
「ごめん。もう、どうすればいいのか……蓋を開けて中を覗いてしまえば、戻れないんだ。忘れたままにできない……どうすれば……これ以上は……」

呻くように言葉を続ける繩手には、周囲の様子を気にかける余裕はないように見えた。燈里のことすら認識していないのかもしれない。
思わず身を乗り出す燈里の体を、冬玄の手が止める。視線を向けると、やはり感情の読めない目をして、冬玄は静かに口を開いた。

「あんたのその両腕は、誰が封じたんだ?」
「え……?」

震えていた繩手の動きが止まる。
のろのろと顔を覆う手を離し、袖を捲る。痩せこけたその両腕には、うっすらとだが黒く何かが巻き付いているように見える痣が浮き出ていた。

「これ、は……」
「徴《しるし》を消し、記憶を消して封じていたようだが、それが綻びかけているな。助けを求めるのは燈里ではなく、その封をしたやつの所だ。これ以上関わろうとするな」
「封じた……そんな……そんな人、知らない。何で、こんな痣……今朝はなかったのに」

声を震わせ腕をさする繩手には、痣のことも、封を施した誰かのことも記憶にないのだろう。目の前の不可解な現象に怯えている。
ふと、燈里は学生時代の卒業までの数か月のことを思い出した。
そこに繩手の姿はない。覚えてないのではなく、ある理由で学校に来ていなかったはずだ。

「そういえば、繩手くん。事故で入院してたよね?確か……両腕を怪我したって、聞いたけど」
「あ……入院……」

燈里の言葉に恐慌をきたしかけていた繩手が、落ち着きを取り戻す。深く息を吐いて、ソファの背に凭れながら当時を思い出すように宙を見る。

「入院、してた……あぁ、そうだ。確かに入院して、その時に記憶をなくしたって、皆が言ってた。今までの全部の記憶じゃなくて、事故のこととか、小さかった子供の頃のこととかだったから、そんなに不便はなくて……あぁ、いや、思い出してはいけないって感じて、だから気にしないように……」
「それなら、あんたの両親に聞けば済むことだな」

無感情にそれだけを告げて、冬玄は燈里を促し立ち上がる。
退室しようとするが、数歩歩いた所で燈里は何かを思い出したように足を止めた。

「待って。間違ってたら申し訳ないんだけど、繩手くんのご両親って卒業式の前日に……」

振り返る燈里に、繩手は力なく笑う。肩を落とし、燈里の言おうとしていたことを肯定した。

「うん。俺の両親は亡くなってる。それに親戚とも疎遠になっていたから、当時のことを知っている人はいない……だから、もう閉じられない」

冬玄の表情が歪んだ。
燈里を縄手の視界から隠すように、一歩前に出る。一気に張り詰めた空気に、燈里は冬玄の腕を軽く引いた。

「冬玄」
「燈里、下がっていろ」
「でも……」

固い声に戸惑いながら、燈里は繩手に視線を向けた。

「え……?」

先程から、繩手は無言のまま微動だにしていない。殺気にも似た鋭い空気に怯えているのかと思っていたが、それは間違いだと気づく。

「繩手、くん?」

笑っていた。
唇が歪に弧を描き、頬を涙が伝い落ちていく。

「宮代《みやしろ》さん」

声を震わせ、繩手は燈里を呼ぶ。
縋るような、祈るような響きを湛え、囁く。

「視線が合わないのは、警戒しているからだよね。目を見つめると、囚われると理解しているから……でも、遅い。さっき宮代さんは麗《うらら》の眼を見てしまった」
「燈里っ!」

びくり、と燈里の体が震えた。意思とは無関係に、繩手と眼を合わせようと視線が動く。

「燈里、止めろ」

肩を引かれ、燈里の目が冬玄の手に覆われる。それでも時間稼ぎ程度にしかならないことを理解して、忌々しいと冬玄は舌打ちした。

「宮代しか頼れる人はいないんだ。どうか、巻き込まれてくれ」

険しさを増す周囲を感じながら、燈里は冬玄の腕の中で小さく頷いた。

4/8/2026, 9:33:36 AM