音ノ栞

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こんなことになるなんて、誰が思っていたのだろうか?
ただでさえ、変なところに迷い込んで、怖い思いをして、精神的にも辛いのに。
最悪の事態だ。
なんでこんなにも化け物がいるのか。
……もう、嫌だよ。
お父さんとお母さんに会いたいよ……。
お家に帰りたいよ……。
もう足はすくんで動けない。
もう涙も止まらない。
「ねぇ、あなただけでも逃げて!」
誰かが言った。
あの人の声だ。
このよく分からない世界で出会って、一緒に行動を共にした女の人。
……お姉さんは敵を目の前にして私の方を振り返ってしゃがみこんでくれた。
「ここは大人の私が相手するから」
お姉さんはそう言って、にこりと微笑む。
「……大丈夫よ。あそこの扉を開ければきっと出口だよ」
お姉さんは続けてそう言うと、私の頭を撫でた。
温かくて優しい温もり。
それからお姉さんは咄嗟に刺繍入りのハンカチをポケットから出して私の手に握らせる。
「……もし、また会えたら、海浜公園の夕日、一緒に行こうね!…………さぁ、早く!!」
お姉さんがそれから私を突き飛ばす。
私はその勢いのまま走った。
走り続けた。
ただ走り続けた。
そして、ドアノブを掴む。
ドアを開けると、光が溢れ──。


・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・


気がつくと、海浜公園にいた。
海浜公園にはたくさんの人がいる。
「──あら、こんなところにいたの?」
後ろから声がした。
お母さんだった。
「もうすぐ夕日が落ちる頃よ。あそこの場所が夕日が綺麗に見えるところみたいよ。さぁ、行きましょう」
お母さんはそう言うと、夕日が綺麗に見えるところと指を指した方向へ進んだ。
私もそれについて行こうとした。
しかし、何故か心の中で何かが引っかかる。

──さっきまで何かしていた、ような。

記憶には両親とここまで来た思い出しかないはずなのに。
何故だか、ずっともやもやしているのだ。
ふとポケットに何かがあることに気がついた。
──刺繍入りのハンカチだ。
刺繍の名前は……私じゃない。
名前からしてこれはきっと女性の名前だ。
だけど、お母さんのではない。
何故こんなものが入っているのだろう?
「ほら、見て!」
お母さんの声が聞こえ、ふと前を見た。
今、目の前で沈んでいく夕日が見えた。
オレンジ色に朱色……さまざまな赤色に包まれた空が目に焼き付く。

──あぁ、私は誰かと見ようと約束したのに。

「──ねぇ、君。そのハンカチ……」
私の真横で私に話しかける声が聞こえた。
横を見ると、綺麗でいかにも優しそうなお姉さんが立っている。
「それ、私の、だね。拾ってくれたの?」
お姉さんがそう言うと、事情を説明する。
「……えぇ?ポケットに勝手に入ってた?何それ、怪奇現象か何か?」
お姉さんはそう言って苦笑いする。
「まぁいいや。とにかく、ありがとうね」
お姉さんはそう言ってハンカチを手に取る。
ハンカチを渡す時にふとお姉さんの温もりに触れる。
温かくて優しい温もり。
やっぱり、どこかで…………。
でも、それでも思い出せない。
ふと涙がぽろぽろとこぼれてきた。
「わぁ!?大変!あまりの夕日に感動しちゃったの!?感受性豊かだね」
お姉さんは驚いて私の方を見る。
すると、私の方を向いてしゃがみこんでくれた。
「これ、さっきのハンカチだけど……」
お姉さんがさっき私が返したハンカチを渡そうとし手が止まる。
少し動きが静止する。
「……え、この光景、どこかで…………」
お姉さんがそう呟く。
そして、数秒後にお姉さんは驚いた表情を浮かべた。
「…………え、あなた、もしかして、あの時の女の子、なの!?」
お姉さんがそう言うが、私は首を横に振る。
「え、覚えてないの!?ほら、よく分からない世界で、一緒に脱出しようとした!それにこのハンカチも!!」

────!!

ハンカチを見た瞬間に思い出されたさまざまな異世界での光景。
突然に頭から降ってきたようによぎった。
私も思い出したことを全て話した。
「ふふふ、そうよね!そうよね!!やっぱりあなたよね!ふふふ、お互い無事に出られて良かったわ!私もあれから大変だったのよね〜」
お姉さんは私の頭を撫でると、にこりと微笑む。
あの時と同じ微笑みだ。
「……とにかく、約束守れたね。海浜公園の夕日。綺麗でしょ?私が1番好きな場所だよ」
お姉さんはそう言うと、夕日の方を向く。
沈みゆく夕日を私も見つめた。
「……ねぇ、色々とまたお話しようか。今日じゃなくてもさ。ここで再会できたのも何かの縁だしね」
お姉さんがそう言うと、私は頷く。
2人でお互いを見て微笑んだ。

もうすぐ落ちかける夕焼けが2人を優しく包み込んだ。


■テーマ:沈む夕日

4/8/2024, 8:38:38 AM