体育館のキャットウォークにかかる垂れ幕には僕たちへのメッセージが綴られていた
「ご卒業おめでとうございます」だとか「今までありがとうございました」だとか
どこにでもありふれた何でもない言葉の数々
この情景にも何も思えなかった
これまでに僕は感動という体験をしたことがない
別に薄っぺらい道のりを歩んできたわけでもないのに
どちらかというとそういう体験ができる環境に恵まれていた
親は金持ちだし、僕自身も優れた能力を持ち得ていると自負している
特に最近は友達といえる人間もできた
だけど、僕はそいつとも本気で気持ちをぶつけ合うことはなかった
生まれつきだから仕方ないと言い訳をして何も変わろうとしなかった
でも、もうそんなことしたくない
何の努力もしないで、いつでも冷静な僕に自惚れて
僕は……変わりたい
__すべての感情を込めて鍵盤を弾ませる
指揮を振るあいつと目を合わせ、心なしか笑ってみる
向こうは察したのか微笑みかけるように優しく笑っくれた
僕は間違えないよう、丁寧に音を鳴らす
何度も弾いたこの曲だけど今日はいつもより調子が乗る気がする
あいつが向こうを向いて、左手を出した瞬間、そちらからの和声が僕の耳に入った
その声は僕の奏でる音と調和し、美しく響いた
一瞬、僕はあふれんばかりの“何か”を感じた
プロのオペラ歌手なんかの方が格段に上手いはずなのに
あぁ、美しい
気づくと、僕の視界は歪み、頬に温かい感覚を覚えた
そうか…これが…“感動”
いくら見えづらくたって
たとえ眼を閉じたとしても
鍵盤を押しまちがえることなんてないと確信した
僕たち全員が一つになる
これで最後か……
__今まで、ありがとうございました。
3/6/2024, 2:31:10 PM