お題『蝶よ花よ』
今の主様が生まれて間もなく、母親である前の主様は亡くなってしまった。こういうときは子育ての経験があるハナマルさんの役目だと誰しもが思った。
俺だって例外ではない。前の主様が『あの子をお願い』と俺に言い残したけれど、育児は本で読んだ知識しかない俺には向いていないと思っていた。
しかし、主様の方が俺を選んでくださった。誰が抱っこしても泣き止まなかった主様だったのに、俺が少しあやしただけでニコニコとよく笑ったものだ。
ハウレスも「赤ちゃんはトリシア以来だな」と言って育児を手伝ってくれた。しかし後追いが始まると俺を泣いて探して、用足しもゆっくりできなくて、困惑の連続だった。
……それも今となってはいい思い出だ。
あのままだったら、間違いなく執事たちみんながちやほやして育てたことだろう。
だけど、それを良しとしなかったのは他でもない主様自身だった。
きっかけは草花の観察だった。アモンが育てていたアサガオという花の記録をスケッチブックにつけ始めた。そこから植物に目覚め、虫を始めとした動物にも興味を抱いた。そうして時間があれば馬小屋近くにある畑を丹精しているか、動植物に関する本を読み解くかという日々を過ごすようになっていった。
人の命は短くて儚い。ならば主様の興味の赴くがままにお育てしよう。それが執事たちの育児方針となった。
主様は文字通りの意味で【蝶よ花よ】と、逞しく成長なさった。
8/8/2023, 1:18:03 PM