『私だけ』
たくさんいたきょうだいのうち、私だけがお父さんに連れられてお山へ向かった。出掛けに見たお母さんは私を見るとわっと泣き出したけれど、その理由をお父さんは教えてくれなかった。
お山には神様がいて里を守ってくれているのだと聞かされていた。神様には毎年お祭りを開いてお供えをしているけれど、何年かおきに特別なお供えをする。今年はその何年かおきの年で、特別なお供えはたぶん私なのだろう。前を行くお父さんからなにか堪えるような声と鼻をすする音が聞こえてくるのを私は何も言わずに聞きながらお山を登った。
お山のお社には誰もいない。ここでお別れだと言ってお父さんがお母さんのようにわっと泣き出して、抱きしめられすぎて体が痛くなって、そして一人きりのお社に夜がやってきた。一人きりと思っていたお社に声が響く。
「こっちへおいで」
お社の暗がりだと思っていた一角から明るい光が見えている。あそこへ行ってしまうともう二度と戻れない。そんな確信が起こったから、一度里のあるほうを振り返ってお父さんのことやお母さんのこと、きょうだいたちのことを想った。どうして私だけが、とも、私だけで済むのなら、とも思えて、先に進むしかないことを嫌だなとも思ったし、仕方ないとも思った。前を向き直したらその光が消えていたらいいのに。思いながらその通りにはなっていないことに観念させられて、私はひとり引き寄せられるように歩き始めた。
7/19/2024, 4:49:12 AM