【手放す勇気】
馬鹿なことをしているという自覚はあった。平穏な暮らしを投げ捨てて、自ら面倒事に巻き込まれることを選んだ。
だって放っておけなかったのだ。まだ幼い甥が異母弟の母親から命を狙われているなんて。
王妃になった妹が唯一遺した忘れ形見。その子を守るために、私は罪を犯した。
王子である甥をさらって逃げたのだ。第一王子は継母である現王妃に毒を盛られて亡くなった……そう偽装した。おそらく表向きは病死と発表されるだろう。
私は妹と甥を失ったことに意気消沈したように装い、宮廷魔法士の職を辞して国を出た。僅かな従者とその家族を連れて。甥をその中に紛れ込ませて。
甥は王の子でもあるけれど、やはり妹に似たのだろう。私が少し教えただけで、あっという間に魔法の使い方を覚えていった。乾いた土が水を吸うかのように。
甥の様子がおかしいと気付いたのは、国をひとつ横断している最中。いくらなんでも落ち着き過ぎていた。周囲の環境の変化にもっと戸惑うだろうと思っていた。
時間を取って話を聞いた。すると、甥はとんでもないことを言い出した。別の世界で生きた前世の記憶と神々の加護があるというのだ。
信じ難い話だ。けれど、そういうことなら今の状況に説明がつく。実際、甥は王子の立場では縁がなかったはずの知識を持っていた。誰にも習わず、料理をしてみせた。
とはいえ、まだ10歳にもならない子供だ。当分は保護者が必要である。
私は名前も身分も捨てて別人として暮らし始めた。甥のことは弟子として扱った。
とても優秀な弟子だ。私より優れた魔法士になるかもしれない。いつかは独り立ちして、王子でもなく私の甥でもない何者かになっていくのだろう。
その時はこの子を手放す勇気と守る力を持っていられたら良いと思う。
5/16/2025, 1:53:50 PM