私の足元に一本の線が引かれている。線はどこまでも続いていて左右どちらもその果ては見えない。
私は線をじっと見つめながら、ごくりと唾を飲み込んだ。
あと一歩。たった一歩、前に踏み出すだけでいい。
「行ってしまうの?」
すぐ後ろから呼び掛けられる声。どきりと鼓動が鳴った。けれど、私は振り返らない。
「うん、行くよ。私はこの先に進んでいくよ」
「この先に何が待つかも分からないのに?」
不安と心配が入り混じったような声音だ。
後ろに立つ彼女は私のことをとても案じてくれている。
当然だ。
だって後ろに立つ彼女は、私自身なのだから。
「・・・・・・分からないよ。怖いよ。それでも私は行くよ」
後ろに立つ彼女が、ニコリと控えめに笑った気がした。
「そう。置いていかれるのは寂しいけれど、あなたのことを応援してるわ」
私は後ろを振り返った。私が後ろを振り返ったことを意外に思ったのか、戸惑う彼女へそっと片手を差し出す。
「さようなら、昨日までの私。そして、初めまして、これからの私」
私が言うと彼女の顔がみるみる安堵する。そうして彼女は私の手を取った。彼女の姿がぱっと消え、私の中に染み入るように溶け込んだのがわかる。
「一緒に行こう。明日へ」
私は再び前を見据えて勢いよく片足を上げた。線の向こう側へ、まだ見ぬ未来へ、私は行く。ここまで歩いてきた自分自身を抱き締めながら。
【昨日へのさよなら、明日との出会い】
5/23/2023, 6:43:53 AM