水上

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目を覚ますと、窓の向こうにお気に入りの街並み。太陽の様子から察するにまだ明けて間もない。少しだけ街の色が違う気がすると思ったら、今日から暦の上では秋だった。
「どうりで」
色付いた葉が少しずつ木々を彩る。そんな景色を横目に、パネルから朝食をオーダーして着替えを済ませる。聞き飽きた音とともにいつも通りの朝食が壁の向こう側から受け取り口に届いた。ひんやりしたパウチを取り出してキャップを外す。朝は基本さっぱり済ませたいからフルーツ系。今日はグレープフルーツ味にした。パウチの中身を流し込み、空になったそれを先程の受け取り口に戻す。底の部分が一瞬開いて、あっという間にどこかへ消えた。
「さて」
包み込むようなフォルムの椅子に座って顔認証を済ませると、目の前には情報の羅列が浮かぶ。手元には操作パネル。今出来る作業を確認して、リスト化する。生活の保証を得るための対価。それが労働。決められた時間量を、決められた活動にあてる。何が割り振られるかは個々の性格や性質によって国家が決める。七日間で三十五時間の労働。それ以上は精神衛生上良くないらしく、時間の管理は厳しい。もちろん足りないのもダメだしサボっても時間カウントがされない。規定の量に足りないと、食事の選択肢が極端に減ったり、使用できる施設も制限がかかる。リストを作り終えたところで画面に通知が流れ込んだ。約束のリマインドだった。
「あぁ、そういえば」
前に会った相手から、フレンド申請と交流の申し出があった。その約束の日付が今日だったようだ。久し振りに出会えた古いもの好き仲間。また話が出来ると思うと顔がにやけた。リアル世代ならきっと、一緒に街に出掛けて遊んだりする良き友人になれたことだろう。まぁ、リアル世代に生まれていたら出会えていない可能性の方が高い。そう考えると、現代の人間で良かったと思う。多くが電子化された今、娯楽はオンラインアバターによって行われている。ゲーム、スポーツ、交流。実際に誰かと会って交流をする、リアル世代のようなことはまずない。電子機器とネットワークの発達によって、機械が何事をもこなしてくれる現代社会。何かしらの機械が壊れても、スペアが起動して、その間にそれを直す機械が作動する。らしい。実際のところは知らない。外の世界、なんてものはデータでしか知らない。壁一面にデザインされた大きな窓は単なるモニターで、映し出される町並みは自分で選んだ風景。暦と連動して少しずつ風景が変わる。天気も変わる。時間の経過でも。窓の外の景色は鮮やかに日が差し、風がそよぎ、木や花は揺れる。向こうには歩道という、人が歩くための道路も見える。リアル世代が生きた頃の街並み。人工のものではない、自然の風を受け、自らの足で歩く街というのは、一体どんな感じなのだろうか。実際に誰かがそばにいるというのは、どんな感じだろうか。
とあるパンデミックを期に少しずつ世界は変化し、対面の交流なしでも生活出来るシステムが少しずつ作り上げられた。そこが始まり。それからまだ一世紀も経っていない。今を生きるアフター世代の生活をリアル世代は想像出来ただろうか。生活も命も管理される現状を見たら、きっと驚くだろう。そんなことを考えながら、データでしか見たことのない、かつては人でごった返していた賑やかな街に、今日も一人思いを馳せる。


〉街 22.6.11

6/11/2022, 11:43:20 AM