池上さゆり

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 それは新しい季節の訪れを知らせる春の花。ひらりひらりと舞うように、風に身をまかせて、春を祝う。
 この木の下で起きた出来事は何十年、何百年と年輪が記憶していく。
 校舎が建てられるのを見届けた。辺りが火の海になるのを見た。宝物が埋められるのを見た。愛の告白を聞いた。永遠の別れと涙を抱いた。時代が変わって、校舎も新しくなった。いつの間にか生徒の制服も変わった。
 だけど、いつの時代も満開の姿を見せると多くの人が笑顔になった。木の下に人が集まって、遊んで、笑って、和気藹々としていた。この幸せを届けるのが私の役目だと思っていた。
 そんな私にも、限界が訪れた。長年、私の面倒を見てくれていた人たちが懸命にどうにかしようとしてくれたが、どうにもならなかった。見えてくる命の終わりに不思議と悲しくはならなかった。
 きっと、同じ場所で私じゃない誰かが、私と同じようにここに住む人々の人生を見守り続けてくれる。そう思うと安心できる。私が何百年も前に貰い受けたのと同じように、私も次へ託す出番が来たのだ。
 ついに限界を迎え、人々の勇気ある決断で私は切り取られた。根も残さずに、燃やされるだろう。
 できることなら、私の中に残る記憶も全て次へ託してやりたかった。だけど、そんなことは叶わない。
 きっとあと十何年すれば、また新しい花がこの場所を照らしてくれるだろう。

5/14/2023, 2:32:28 PM