『またいつか』
さよならは、言わない主義なのさ。
今度、幼馴染が遠くの国に引っ越すらしい。親父の転勤によるものらしい。
俺は、さよならを絶対にいいたくない人間なので、とりあえずまたいつかって答えておいた。
「……美人幼馴染にそれは冷たいんじゃないか?」
「ははっ、冷たくないよ」
笑う俺を睨む星奈(せいな)。コイツが、引っ越しをする幼馴染だ。
昔っから男勝りの性格で、スポーツ神経抜群。女らしからぬ発言を繰り返し、いつも俺を引っ張って外で遊ぼうと誘ってくる。
サッカーしたり、野球したり、体育館を借りてバスケやバドミントンをしたりなど、運動をする度に俺を誘い込んでくる。
俺は、どっちかと言うとスポーツマンというよりインテリマン。パソコンいじって、読書して、家でぐーたらしてる方が好きなタイプ。スポーツは不得意ではないが好きではない。
しかし、星奈が誘ってきた遊びを断ったことがない。断ると、アイツはいじけて話しかけても無視しやがるからだ。めんどくさい。そういう時は、甘いもんをプレゼントしてやれば喜んでくれるから、そん時に今度遊ぼうと言ってやれば元気に頷いてくれる。
コイツ中学生だぜ?ガキっぽ過ぎるよな。でも、そんな元気いっぱいの星奈が、俺は好きだった。
だが、そんな星奈の言葉に俺はいつもうんざりしていた。
「じゃ、バイバイ!」
ただの、別れの挨拶だと思うだろ?でも、実際…バイバイという言葉は俺は大嫌いなんだ。
だから、バイバイという彼女に対して俺は「またな」と返す。
バイバイ、さようなら、じゃあね。これは全て、本当の別れの挨拶で、二度と会えない意味での言葉だと思っている。俺の事、面倒臭いと思ってるだろう?あぁそうさ。面倒臭い。でも、嫌なんだよ。嫌なもんは嫌なんだ。
俺が、またなと答えると、いつも星奈はニヤリと笑って、またなと言い返す。こんな感じの仲で、俺達はよくつるんでいた。
中学生までは。
彼女が俺の陰口を言ってる。俺を嫌ってる。それを知ったのは、同じ高校に入ってからのことだった。
「……それホント?」
「まじだって…!お前らよくつるんでるから仲良いと思ったけど…めっちゃお前の悪口言ってんぞあいつ!!」
焦った表情で話す、高校になって新しく出来た友人の一志(かずし)。
「……信用ないね」
俺は冷たくそう言い返してまた読書をはじめる。しかし、一志は本を読んでいる顔面にスマホを押し当てる。
「おい…邪魔だっつーの」
「いや見ろよ!証拠だって!」
スマホの画面には、彼女と、その周りの女子たちが映っていた。
『えー!?それホントなの!?』
『だろ?ホントにアホだろ!!』
『でも驚いた…そんなことがあったんだね』
『まぁな!アイツは親がいなくて寂しがり屋なんだよ!』
『へー、そんな過去があったんだね』
『はは、変だろ?』
『ふふ、まぁ変だね』
『変わりモンだからな!どうも』
笑う女子達。俺のことを、言ってるんだと訴える友達。
俺はそれを目の当たりにして、酷くショックを受けた。親がいない過去を、誰にも打ち明けるつもりなんてなかった。星奈にだけしか、言わないはずだったのに。
俺の両親は、俺を好きじゃなかった。父親と離婚をしてから母親は俺を捨てて、無事じいちゃんばあちゃんにお世話になった。
お世話になるまでの間、帰ってこないボロアパートで一人寂しく、食べるものもなく、真夏の部屋の中、今にも倒れそうなこの温度で、毎日毎日…ずっと待っていた。
でも、来なかった。
あの時に言った母親の『バイバイ』や、父親の言った『じゃあな』が、俺の心の中を更にえぐった。
二度と、戻ってこない。悲しさと苦しさで胸が張り裂けそうなくらい辛くて、涙声をあげる元気すらなく、俺はそのまま絶望と共に倒れ込んでしまった。
俺が部屋の中で倒れているのを、大家さんが発見して大事には至らずに済んだ。鍵が開きっぱなしなのが幸いした。
こんな、誰にも言えないような、惨めで恥ずかしい、誰からも愛されてなかった俺の過去を話せるのは、一緒に寄り添ってくれた星奈だけだった。
星奈は、その時泣いてくれた。そして、私がずっとついてるよっても言ってくれた。
あんな言葉、真に受ける自分もどうかしてたと、今になって公開してる。
俺は、ショックを押し殺して、冷静に友人に感謝を述べた。
「…ありがとう。この動画、俺にも送って貰えるとたすかる」
「あ、あぁ……」
俺の表情を見た友人は少し怖がった。どんな顔してるんだろうね、自分は。
スマホの動画を送ってもらい、それをもう一度見る。……親がいない寂しがり屋だから、笑えんのか?お前には、両親がいるだろ。お前のことを想ってくれる暖かいあの両親が。
俺にはいない。俺を産んだのだって、よくわからない父親だぞ。多分、父親ってよりかは彼氏なんだろうけど。
幾つになっても男遊びしてる母親も、色んな女と浮気して喧嘩して出てった父親も……!!!!!
こんなクソみたいな過去…誰にも言わなきゃよかった!!!星奈にさえ!!!!
放課後、俺はいつも通り星奈に一緒に帰ろうとニコニコ誘われる。俺は黙って彼女の後ろについていき、星奈が不思議そうにどうしたー?って顔を覗かせる。
「…今日のお前、なにで怒ってんの?」
「…………」
「なんかやな事でもあったのかよ」
「………ああ、特大のやつをくらったよ」
「はは!パンチされたのかよ!?」
「……知りたいか?」
俺が怒気を含めた声で星奈の顔を睨みながらそう言うと、星奈は少しだけ不安そうな顔をして頷く。
俺がポケットからスマホを取り出して星奈に動画を見せる。
「……なんだよこれ…」
星奈の表情が焦り始める。俺は星奈を更に睨んだ。
「…俺がお前に両親いないことの過去を話したのも悪い。でも…俺はお前のことをしんじてたからこそ、話したんだよ」
俺が悲しい表情で彼女にそう訴えると、星奈は焦りながら何度も謝ってきた。
「ご、ごめん!!!ほんとごめん!!言うつもりじゃ…!!でも!!こ、これホントにそう言う意味じゃなくて……!!!」
俺に触れようとする星奈の手を払い除け、俺は更に怒気を含めた声で彼女にキレた。
「いいよな。お前の両親は、お前を愛しているんだから。分かるわけないよな?両親がどっちもクズで捨てられた俺の気持ちなんて」
「だ、だからこれは!!!」
「お前と俺は違うんだよッ!!!!!!!!!!」
いつも、物静かで声を荒らげることがない俺の怒鳴り声を受け、星奈はビクついて驚く。
「お前はスポーツが好きで…俺は嫌いだ。お前は物凄く明るいけど、俺は暗いし、引きこもりだ。お前と俺は、対比の存在なんだよ。
真逆!全くの真逆の人間なんだよ!!水と油ってくらいに、俺とお前は合わないんだよ!!」
勢いで、彼女にそう吐き捨てる。星奈は泣いていた。言われたこともない悪口を、俺の言葉から次々と出てくるからだ。
「…二度と、俺と関わるな。あと、俺の惨めったらしい過去のこと…はぁ、もうどうでもいい」
ため息を吐いて、俺は彼女を置いてくように離れる。
「ま、待って……!」
星奈が俺に近づこうとするが、俺は触んなと言って、彼女に一言だけ伝えると、それを聞いた彼女はまたポロポロと涙を流す。
「さよなら」
絶対に口にしない言葉。この言葉を聞いた星奈は、その場で泣き崩れた。
ふん、泣きたいのはこっちだ。勝手に人の過去をばかすか言いふらしやがって。おかげで色んな人から、親いないの?って聞かれたんだぞ。クソが。
この日から、俺と星奈は絶縁した。
お互い、話しかけることもなく、ずっと赤の他人。全然それで俺は構わなかったし、逆に清々した。
そんな中で、彼女の引越しが決まったとの情報が入った。
聞いた時は、たまらず顔を逸らしてしまった。悲しいという気持ちが、強く溢れでてしまったから。
赤の他人なのに、なんで俺は悲しんでるんだ?ショックを受けてるんだ?なんで苦しいんだ?
『さよなら』
これが本当の意味になるとは、思わなかった。星奈に会いたくないとばかり思っていたけれど、少しづつ近付いてく別れの日のせいか、俺の心はどんどん寂しい気持ちになっていく。
お前と俺は、もう親友じゃない。なんて言ってしまったし、相手は俺の過去を言いふらした最低な奴だし。
こんなことを、思うのはおかしいんじゃないか?俺は、なんなんだ?と、感情がぐちゃぐちゃ入り交じる。
不安と混乱で、頭がどうにかなりそうだった。
そんな中、星奈の女友達が、俺に近付いてあの時の動画のことを知ってか、あれには訳があるのって説明してくれた。
放課後、友達と話してる時に、ふと聞かれた。
『なんでそんなに星奈と麗大(れいた)君は仲がいいの?』
『仲がいいなんてもんじゃない。アイツは…私にとって親友以上の存在だよ』
『そうなんだね。え、それってもしかして…麗大君に恋してたりとか……?』
頬を染めて、顔を逸らす星奈に周りの女子達はキャーキャー言ってくる。
『なんで付き合わないのー!!告白しちゃいなよ!!』
『…いや、私の事、女として見てないかもしれないから無理だろ』
そう言って、悲しむ星奈を周りの人達は応援してくれた。
『麗大君と星奈が一緒にいるのよく見るけど、麗大君も凄く幸せそうだよ!!絶対にお似合いだって!!』
ニコニコする友達の顔を見て、私が今度気持ちを伝えてみると言った時、ふと、一人の女子が星奈に疑問をぶつけてきた。
『そういえば…麗大君ってお母さんかお父さんいないの?』
『……え?』
星奈が驚いてると、友達は続けて説明した。
三者面談、進路相談、保護者会、体育祭・文化祭などに一切保護者が来てないし、他の生徒は親が来てるのに、いつも一人ぼっちですごしてる。
先生から「親御さんはどう言ってた?」と聞かれても、答え方が曖昧だったり、「自分で決めます」と言い切ってるのを聞いたことがあるみたいで、それに対して担任が妙に慎重な口調になると説明した。
完全にバレかけているし、いずれ時間の問題だと思った星奈は、つい、麗大の過去を漏らしてしまった。
全部を言ったわけじゃないけれど、皆はやっぱり驚いていた。
『私に教えてくれた時、私は麗大のことめいいっぱい抱きしめてボロボロ涙流しながらこれからも一緒にいようって強く言ったんだ。強く締め付けられたアイツは苦しくなりながらうんって答えてくれたよ!
そのあと、涙でまともに前が見えないのに野球して窓割ったけどなw私がw』
『ちょっと!なにしてるのw』
『はは!』
その後も手を繋いで学校に通うこともあったり、アイツのじいちゃん家にお邪魔した時は一緒にホラー映画見たりゲームしたりして凄く楽しかったと言った。
ほぼ付き合ってる関係じゃん!!と周りは驚く。
『えー!?それホントなの!?』
『まぁな!アイツは親がいなくて寂しがり屋なんだよ!』
『でも…そんな過去があったんだね』
『はは、変だろ?』
『ふふ、まぁ変かもね』
『変わりモンだからな!どうも』
『泣きながら野球をする変わりもんだよねッw』
『なっ!うるせーよ!』
そう言いながら、笑い合う皆。そして、友達に麗大に対する気持ちを伝える。
『…私にそれを話してくれた時…私は絶対に麗大の傍に居たいと思ったんだ。でも、その気持ちは麗大に親がいないからとかじゃなくて…麗大が凄く良い奴で…優しくて…大好きだからなんだ。
アイツと一緒にいると、楽しいし、笑顔も増える』
周りの人達が星奈の顔を見て、これからも麗大君のことを幸せにしてあげなよと応援し、星奈はニコリと笑った。
本当に、彼女がそれを言っていたならば、俺は本当に、クズ野郎になる。
クソ。いずれバレることだと思って彼女は言ってしまったんだな。悪気なく。
それを、俺は…星奈を本当の悪党と見立てて、絶交発言までしてしまった。自分の言ってしまったことに、深く後悔した。
「…星奈は…麗大君のこと大好きだよ…陰口じゃない。本当に、凄く好きだって気持ちを、私達に教えてくれたんだよ」
女友達が、俺に真実を伝える。あの動画は、たまたま悪く聞こえるような一部分を切り抜いただけに過ぎない。俺は、また悲しくなって、苦しい気持ちと、申し訳ない気持ちと、今更どうすればいいのか分からないこの気持ちで、心の中はぐちゃぐちゃだった。
ポロリと涙を零し、それを見られないよう顔を逸らす。
女友達は、それを見て、なにやら廊下の方に手を振っている。ふと、廊下を見ると、そこには星奈がいた。
「一緒に…今日は帰りたい」
最終日。学校に来るのがこれで最後になったという最終日に、星奈から俺に話しかけてきた。
俺が少し考えていると、周りの人達は、行けよと難度も念を押してくる。俺は久々に、星奈と一緒に帰ることになった。
案の定、やはり気まずい。このお互いどっちから話しかけたらいいか分からない状況が、本当に俺は嫌いだ。俺から話しかけたいけれど、あんな強く彼女に怒ってしまったのが災いしてか、中々話しかける勇気が出てこない。お互いモジモジしてると、星奈が先に俺に話しかけてきた。
開口早々、出た言葉は「ごめん」だった。
「…あの時は…ほんとごめん。お前の過去…勝手に言ってしまって……」
ポロポロ涙を流す星奈。続けて言葉を吐く。
「でもあれは…お前のこと悪く言ってるんじゃないんだよ」
「……うん」
「ほんとごめん……私にだけ…話してくれたのに……秘密言っちゃって……皆に……」
涙を拭う星奈。拭いきれない量の涙が、またポロポロと落ちていく。
「私のこと…嫌いになったよな……ホントに…ごめん……」
泣いてる星奈の顔を見て、俺は気持ちを伝えた。
「……星奈のこと、好きだよ」
彼女の肩が、びくんと跳ねた。
涙に濡れた頬を片手で押さえたまま、ゆっくりとこちらを振り向く。
「……え?」
振り向いた顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
目を見開いて、信じられないといった表情で、俺を見ていた。
「……本当は、ずっと言いたかった。でも……俺なんかが…星奈に好きだなんて言えるわけがない」
俺は俯いて、呟く。
「俺は両親に捨てられた人間だ。小さいころから、誰かに愛されることに慣れてなくて……気づいたら、幸せになることにすら、びびるようになってた。毎日、お前と遊んでいて、幸せで…すごく楽しかった。でも、それはやっぱり一時だけの話かもって…いつかこの幸せが崩れるかもしれないって思って……」
自分の拳を、ぐっと握りしめる。
それでも声は震えていた。
「こんな俺が、誰かを幸せにしていいのかって。俺が原因で別れた両親みたいに…人の幸せをまた壊してしまいそうで……星奈に対する気持ちを、ずっと黙ってた」
彼女は、何も言わずに俺を見ていた。
涙は止まっていなかったけれど、その目は先程の悲しさは失われ、痛みを分かち合ったような優しさで溢れていた。
そして、震える手で俺の袖を掴む。
「……そんなの、関係ないだろ。私は……お前と一緒にいたいんだ」
その瞬間、張りつめていたものが、音もなくほどけていくのがわかった。
「……私は海外に引越しちゃうけれど…でも…私を忘れないで。必ず戻ってくるから…だから…………」
また涙が溢れてくる。俺も、たまらず泣いてしまった。
俺は、星奈の手を取り、目を見て伝えた。
「待ってるよ。必ず。その時まで…星奈が俺を好きでいてくれるのなら…俺はいつまでも待ってる」
「…ホントに…いつ戻ってくるかわかんないぞ…数年後…数十年後かもしれないし…」
「大丈夫。俺は、星奈のことが好きだから」
その言葉を聞いた瞬間、星奈はまた涙をポロポロ流して、頬を染めながら私もだと言った。
夕日の光が、2人をそっと包み込んだのがわかった。
「…その時は…その…付き合うって…ことになるんだよな?」
モジモジしながら聞く星奈を、少しからかうように言った。
「ま、それはまたいつか」
その発言に、星奈は少しムッとする。
「……美人幼馴染にそれは冷たいんじゃないか?」
「ははっ、冷たくないよ」
笑う俺を睨む星奈。
お互い、手を繋いでゆっくりと歩いた。時間が許す限り、二人の愛はここで永遠に続いて欲しいと、星奈と麗大は思った。
「……じゃあ、行くよ」
引越し当日になった。沢山の荷物を持って、彼女が空港のロビーで家族と共に行こうとする。
「ありがとう、じゃあな」
星奈が、いつものように別れの挨拶を笑顔で言った。
けれど、その笑みの端がかすかに震えているのを、俺は見逃さなかった。
俺はうなずいたあと、ポケットに手を突っ込み、精一杯明るい声を出す。
「またな」
そう言った瞬間、彼女の表情がふっとゆるんだ。
一瞬、無表情に見えるほどに感情を押し殺した顔。
だけど――その目から、ぽろりとひと粒、涙が落ちた。
「……行きたく…ない…」
そう呟いた彼女は、次の瞬間、俺の胸に飛び込んできた。
思わず受け止めた体に、彼女の小さな震えが伝わってくる。
腕の中で、声を押し殺しながら泣いている。
「ほんとは行きたくない……まだまだずっと…お前と一緒にいたいよ……」
俺は何も言わなかった。
言える言葉なんて、何ひとつ、見つからなかった。
ただ、彼女の細い背中にそっと腕をまわし、しっかりと抱きしめ返した。
彼女の涙が、俺のシャツを濡らしていく。
それでも、泣いている顔を見せずに、彼女はただぎゅっと、強く抱きしめてきた。
「…俺は、別れは言わない主義だから…別れの言葉さえ交わさなければ…いつかは会える。だから、またいつか…二人で一緒に遊ぼう」
ポロポロ流す彼女を、両親も少し泣いていた。
「あぁ…!!」
ニコリと笑う彼女の顔を、今でも忘れない。
飛行機雲が晴天の空にあるのを見ると、星奈のことを思い出す。
少しため息を吐きながら、俺が会社に向かっていると、スマホの通知がなった。
見ると、星奈からだった。
「…まじか…!」
メールを見て、俺は喜んだ。
7/23/2025, 1:25:03 AM