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まだ見ぬ景色

人生に何度か全身麻酔をしたことがある。

出産、病気、事故、いつもストンと真っ暗な闇に落ちる気がするそして、どこか遠くで人の話す声と物音がする、微かな声と音がする方に意識が向き、やがてそちらの方に白い影が動いているのが見える、声がより一層ハッキリと聞こえて、執刀医と看護師の会話が分かる。そして目覚める。朧気な臨死体験のようなもので、あの落ちた暗闇の向こうにまだ見ぬその景色があるように思えてならない。事故の時はよりそれが強かった、落ちた闇の中で何度もジャンプしているような気がして黒い闇の奥の方に向かって心地よい風が吹いているようだったのだけど、なぜだかその風に向かって泳いでいるように進み、何度も時計の音のような信号の音のようなものが聞こえたり、白い光の向こうに人影が動いて、重なり合う声がひとつひとつにハッキリと聞こえたり、またグレーの影がかかるように届かなくなったりを繰り返しながら、やかて目覚める。きっとあっち側から帰って来たのだろうと思う、暗闇の向こうは何か気持ちが良く無重力のように体がポンポンボーンと浮くような気がするが、声のする光に吸い込まれると、とたんに体は重くなり、聞こえていた時計音のような信号機の音のようなものが自分の体に着けられた機械の音だと気づく、体がやたら重くて、そして痛いそして自分は事故に遭い運ばれたのだと気づく・・・これが生きているってことか?手術室からの執刀医の声も麻酔が効き過ぎて覚めるのに時間がかかり医者看護師達がバタついていたことも覚えている、その会話の内容もだ、それを真っ暗な心地よい無重力の中で浮かびながら聞いていた、あの闇の向こうに広がる銀河のような黄泉の世界があるのだろうか?なんて考えながらリアルな痛みを実感していた、痛みそれこそが生きる生きているということだと実感した日の話。戻って来たのだから逝く時は、きっとその逆なのだろう、闇の中に吸い込まれるように落ちて行くと痛みは薄れやがて感じなくなる体は軽くなり深い深い闇の中にフワフワと吸い込まれて行く、微かに動く人影も見えなくなるが、声は何時までもやまびこのように響く、その声に揺り起こされ痛みに目覚めるか、声に包まれて闇の深みに吸い込まれて行くのか?その闇の向こうにまだ見ぬ景色を何時の日にか見るのか…小さな臨死体験。

臨死の床、声だけは最後まで届き、また揺り戻されるのも声であることを忘れてはいけないと思った経験。

自分を棚にあげて裁く人ってのは幽霊よりも厄介でヤバイ人である、自分もしっかりSNSサイトでそのサイトの規約破りの無関係な投稿、迷惑投稿かましておいて人を指差してこんな場所で投稿する奴はと投稿する、分かってますか?あなたの死の淵の闇に、この声届いてますか?あなたのやってることもあなたが馬鹿にしている行為ですよ。あなたも、こんな場所で投稿する稀な人ですお気の毒(笑)気づけないのもっとお気の毒、多分気分は無重力な暗闇の私たちがまだ見ぬの景色の世界にイッチャッテルのね、それでも現世で彷徨ってらっしゃるってことは地縛霊みたいなものなのかしら、お可哀想に。

ご愁傷さま。 「まだ見ぬ景色」


本日は、地震で眠れぬ夜をお過ごしの皆様、南海トラフ御懸念の皆様、お気をつけてお休みください。 

昨日と同じ静かな朝が訪れます様に。


令和7年1月13日  

               心幸 




1/13/2025, 5:00:01 PM