一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・文字ぐるみ

 控室でラララは悩んでいた。どうも仕事に熱が入らないのだ。
 ラララの仕事は、着ぐるみならぬ文字ぐるみを着て、人の軽やかな気分を代弁することである。何か良いことがあったとき、気分が上々のとき、もしくはハミングするときなどがラララの出番だ。
 就職したての頃は楽しかった。人のポジティブな面に花を添えるやりがいを感じていた。しかし長くこの仕事に携わるうちに疑問が生じてきたのだ。明るすぎやしないか、と。
 思えばこの仕事に就くとき、面接官はこんな話をしていた。
「感情を伝える仕事は非常に忍耐を要します。さらに一面特化の仕事なので離職率は高いです。実は先日もヨヨヨ担当者が精神的苦痛を理由に退職したばかりでしてね。そういつも悲しんではいられないと。あなたはラララですから少しはマシでしょうが……」
 感情表現には自分よりも他者を重んじる滅私奉公的な側面がある。小説でも映画でも中心はキャラクタであって、作者ではない。
「あーぁ、ムムムにしとけば良かったなぁ。もしくはニャニャニャとか」
 ため息に呟きを乗せたラララの背後にスタッフの声がかかった。
「あっ! ラララさ〜ん! もうすぐ東京◯ィズ◯ーラン◯のパレード始まるんで、準備お願いしまぁす」
「ラララ……」
 はいはいと返事を返そうとしたが、仕事スイッチの入った彼はもう「ラララ」しか発声できなかった。

テーマ; ラララ

3/8/2025, 3:11:38 AM