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149.『特別な存在』『ところにより雨』『好きじゃないのに』


 王とは特別な存在だ。
 誰よりも博識で、聡明であり、民の模範とならねばならない。
 科学技術が発展した現代において、権威に陰りは見えても、今なお必要とされる希望の光。
 それが王だ。

 かくいう僕も、次代を担う者として生を受けた。
 周囲からは人々を導き、安寧をもたらす王になることを望まれている。
 自分も期待に応えられるよう勉学に励み、芸事や武芸に心血を注いできた。

 正直な話、辞めたいと思った事は一度や二度ではない。
 けれど、挫けそうになるたびに、父の背中を思い出し、自らを鼓舞してきた。
 どんな困難にも屈せず、諦める事の無かった偉大な父に追いつくために――


 そんな決意を胸に過ごしていたある日、事件が起こった。
 長年僕を支えてくれた世話係のメイドが倒れたのだ。

 幸いすぐに近くにいた別のメイドに受け止められ大事には至らなかったが、僕は自分が思っていた以上にショックを受けていた。
 物心つく前から一緒にいた、もう一人の母とも言うべきメイド。
 そんな家族同然の彼女のことを、何も気づけなかったからだ。
(国民の笑顔のために頑張っているのに、一緒にいる人のことすら分からないで、何が王か!)
 その日の鍛錬は、いつもよりも気合を入れて励んだ。

 ☆

 一日のスケジュールを終え、僕はメイドのお見舞いに行くことにした。
 部屋を訪ねると、彼女は相変わらず顔色は悪かったが、倒れた時より血色が戻っていることに安心する。
 ベッドから立ち上がろうとする彼女を手で制し、見舞いの言葉を告げた後、僕は言った。

「どうして倒れたんだ?」
 責めないように、優しい口調で静かに尋ねる。
 彼女は言葉を濁すばかりで答えようとしなかったが、どうしても聞きたいという僕の熱意に負けたのか、彼女は渋々と言った様子で話し始めた。
「……ご飯を買う余裕がないのです」
 その言葉を聞いて、僕はあることに思い至った。

『物価高騰』。
 近年、国民を悩ます社会問題。
 あの偉大な父ですら、対策に手を焼いている大問題。
 家庭教師から聞き及んでいたが、正直な話、まったく実感が無かった。
 王の子として生まれ、何不自由なく育てられた僕。
 物価高の話を聞いても、無機質な数字の羅列にしか思えなかった……

 だが今はどうだ?
 目の前の家族が、こうして顔を曇らせている。
 遠い世界の事に思えたことが、急に現実感を持って現れた。
(どうにかしなければならない)
 心の底から、そう思った。

 だが、どうすればいいだろう。
 父ですら根本的な解決策を見いだせてない。
 なのに、王でもない自分に何が出来るだろう。
 自分の未熟さが恨めしかった。

(出来る事からやろう)
 そもそも王になりたいのは、国民を笑顔にするため。
 ならば目の前の彼女を笑顔にするのが先決ではないか?
 そう思った僕は、姿勢を正して言った。

「何か、出来ることはないか?」
 意を決して尋ねると、メイドは驚きに目を見開き、しばらく思案した後、遠慮がちに口を開いた。

「一緒に映画を、ホラー映画を見てもらえませんか」
 今度は僕が驚く番だった。

「実は『ゆっくり休め』と、休暇を頂いたのです。
 そこで、好きなホラー映画でも見ようと思ったのですが、殿下もご存じなように私は臆病なのです。
 いつも一緒に見てくれる同僚も、今は仕事中なので誘う訳にもいかず諦めていたのですが……
 その、お付き合いいただけませんか?」
「そのくらいお安い御用だ」
 僕は胸を叩いて請け負った。

 だが心中穏やかではなかった。
 何を隠そう、僕はホラー映画が大の苦手だからだ。

 しかし『何か、出来ることはないか?』と言った手前、その言葉を撤回するわけにはいかない。
 王は約束を違えてはいけないのだ。
 きっと父も、同じ立場ならそうしただろう。

 そして映画を見ている間も、穏やかな心を保たなければならない。
 悲鳴を上げてしまえば『好きじゃないのに、付き合わせてしまった』と、余計な気を使わせてしまうからだ。

 (薄目で見ていれば大丈夫なはずだ)
 そんな事を思っていると、メイドはベッドの下から箱を引きずり出した。
 何事かと思って眺めていると、その箱の中にはたくさんのDVDが入っていた。

「……たくさんあるな」
 そう言うと、メイドは恥ずかしそうに言った。

「ふふふ、今はサブスクが主流ですけどね。
 古い人間だからDVDの方が好きなんです」
 僕の脳内に『ひょっとして、DVDを買いすぎてお金が無いのか?』という考えがよぎる。
 だが口には出さない。
 未熟な僕も、空気を読む重要性くらいは理解しているつもりだ。

 そのまま複雑な思いで見守っていると、彼女は箱の中から一枚のDVDを取り出した。
「これにしましょう、殿下。
 せっかくですから、とびっきり怖い奴を選びました」
 満面の笑みを浮かべる彼女を見て、『やっぱり正直に言うべきだった』と僕は激しく後悔するのだった。


 なお余談なのだが、履いていたズボンはこっそりと洗濯に出した。
 詳細は明かさないが、『ところにより雨』とだけ言っておく。

4/1/2026, 9:32:42 AM