佐藤 と塩

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日常という言葉は受け取り方に天と地ほどの差がある。



まずは天。
明るくなると、小鳥のさえずりが聞こえ
穏やかな声をした召使いが挨拶をしてくる。
ふかふかなパンと採れたての野菜。
勉強を教えてくださる家庭教師が到着。
舞踏会用のドレスを仕立て、ワルツを踊る。
疲れ果てたと飛び込む特注のベット。

そうこれが誰かの日常。



そして地。
明るくなると、誰かの足音が聞こえ
無感動な仕草の商人が冷たくなったトモダチを回収していく。
カビの生えたパン。
買ってくれるという売人達が到着。
オークション用の準備を整え、今日も私は売れ残る。
いい加減にしろと突っ込まれる檻の中。

そうこれが誰かの日常。


言葉の重さは人それぞれで、なにもそうときめつけなくてよいのではないか。
あなたの日常はあなたしか分からないだから。
あなたしか分からないのだから、人生迷うことだってあるだろう。
その時は違う日常に住んでいる人に聞いてみればいじゃないか。
あなたしかいなかった日常に、新しい日常が加わるかもしれない。

6/22/2024, 4:13:22 PM