燈翠。

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∮高く高く

高く高く、どこまでも

空の彼方まで飛んでいく風船を

ただひたすらに

幸せそうに眺めていた



8月某日
今日はいつも通り嫌になるほどの蒸し暑さだ
だと言うのに今年もお祭りは人で賑わっている
屋台の手伝いでずっと外にいたのを見兼ねたのか
「休んでこい」と言ってもらえたのでありがたく日陰に行って休んだ
ぼーっと木漏れ日を見つめながら目を細める
そのまま、目をつぶっていれば子どもの声が聞こえてきた
「そこの兄ちゃん!手伝ってー!お願い!!」
いかにもわんぱくで元気いっぱいそうな少年に声をかけられる
「どうしたんだ?」
「あんね、外人さんからもらった風船が木に引っかかっちゃったん」
「それで取ってほしいのか」
「そう!……です」
急に落ち着きを取り戻したのか、しどろもどろに敬語でも使い始めた少年の姿を微笑ましく思う
「それで、その木はどこにあるんだ?」
「こっち!」
言われた通りにゆっくりと少年に合わせた速度で歩いていく
そうしてたどり着いた木は、辺りではひときわ大きなもので、その先端に引っかかった風船があった
「あの黄色いのか、中々に遠いな……」
ただ、と不安げな少年ににかっと笑ってみせる
「任せろ」
そうして屋台に戻り事情を話せば、簡単に屋台を組み立てたときの梯子を手に入れられた
「下で支えてくから、取っておいで」
「俺が取りに行ってもいいの?」
「自分のものは自分で、だ。ただし、危ないと思ったらすぐに降りてこいな」
「わかった!」
そう言えば慎重に一歩一歩少年は梯子を登っていく
無事に風船を木から外し持つことができたようだ
「ゆっくりで良いから、慎重に降りろよ〜」
「わかってるー!でもその前に」
少年は少し上を見上げ、そこに一面の青空が広がっているのを確認すれば、風船を手放した
「お前なにしてんだ…?!!」
「これでやっと〝もう大丈夫〟」
安心しきった様子でこちらの声が届いていないような少年はしっかりと梯子を確認したら、羽がついたような軽やかさでするすると降りてきた
「なんでわざわざ取れたのを放したんだ?」
「あれはそういう風船なんだ」
先程までのわんぱくはどこへやら、そこには寂しそうでいてどこか安心した目で飛んでいく風船を眺める少年
「願い事を書いた紙を風船の中に入れて飛ばすんだ、無事にどこにも引っかかることなく飛んでいけたら願いごとが叶うって」
「それでどうしても取りたかったのか」
「まあね、兄ちゃんありがとう」
「どういたしまして」
ところで、と言葉を続ける
「お前、そんなにして何を願ったんだ?」
「なんだと思う?」
「質問返しはずるいだろ…好きな子と仲良くなれますようにとかか?」
にやにやしながら聞いてみれば呆れたような顔をされる
「んなわけないじゃん。おじさんくさいなぁ」
「おじさんだと…?!!ピチピチの20代じゃこちとら」
「もうおじさんの一歩手前じゃん」
なにも言い返せない自分に悲しくなる
「でも、最後に会えたのが兄ちゃんで良かったよ」
「最後って、お前なに言って」
「ありがとう!いつかまた100年後ねー!」
「あ、おい!俺はあと100年も生きられねーぞ!!」
そうやって去っていった少年の背中を見送れば、いつの間にか日は暮れていて、本格的にお祭りが始まりだしたのを肌に感じた
「おっちゃん、遅くなりました。あとこれ梯子」
「おーそんでとれたんか、風船は」
「あぁとれたよ、そんですぐ空に飛ばしていったわ」
「そりゃあまた球紙鳶さんみたいだな」
「??たまだこさんってなんだ?」
「知らんのかい、まあ昔のことだかんなー」
そう言っておっちゃんは話を続ける
「球紙鳶さんってのは一種のお伽噺だな。昔々あるところに、体の弱い男の子がいた。そいつはいつも寝てばかりだったんで外に強い憧れがあったんだ」
「ある日、その子のとこにある外人さんがやってくる。まあ男で病弱なのを育ってるんだからいいとこのお子さんだったんだろ。んで、あるもんをあげるんだ。それが」
「たまだこってやつか?それって風船の別名なんか」
「そうさ。そして外人が球紙鳶に願いを込めて飛ばせば叶うとその子に言うんだよ。で、それ信じた男の子は自分が元気に外で遊べますようにって願って球紙鳶を飛ばすんだ」
「そんで引っかかるのか、木に」
うむ、とおっちゃんが強く頷く
「それでその子が動かない体頑張って動かして木に登って球紙鳶を掴んだんだ。たぁだ、そん時にバランス崩して球紙鳶ごと落ちちまった」
「それって」
「残念なことにそのままその子は死んじゃって、その拍子に球紙鳶がどこか飛んでいっちまった。そうして、その球紙鳶はまた別の木にひっかかる。そんでまたそれを見た子どもが球紙鳶を取ろうと木に登ってって…まあそんなことが続くもんだから、球紙鳶さん言うてずっと病弱な男の子が元気に動ける子を遊び相手にするために攫ってちゃうとまあそういう話だ」
俺はしばらく何も言えなかった。というか言おうにも言葉が出てこなかった
「まあ最後の攫うなんだは後から糊付けされたような眉唾もんだがな。俺の考えは違う」
「おっちゃんは、どう考えてんだ、」
「俺はな、その子はきっと、ずっとその球紙鳶を飛ばして欲しかったんだと思ってる。だが、自分の力では飛ばせんから他の子に変わりにお願いしてたんじゃないかってな。どうか、どうか」
「「飛ばしてくれますように」」
半ば無意識に呟く
「でも、きっと自分自身で飛ばさなきゃ意味がなかったんだ。その子自身で飛ばさなきゃ」
おっちゃんは火をつけた煙草を一息にふかす
「………その球紙鳶は、黄色だったそうな。太陽と同じくらい飛んでいくようにって。その子が球紙鳶を手に持って死んじゃったときは奇しくもその太陽が地面に落ちる夕暮れだったって聞いたことがある」
「…………………」
「ちゃんと、昼間に風船は飛ばせたか?」
おっちゃんの声がお祭りの喧騒がすべてかき消されるほどにはっきりと頭に残る
「…飛んでったよ、太陽に届くくらい高く、高くね」

10/14/2024, 5:03:40 PM