目を瞑った。それを見たくないから
ある春の日の出来事。一人の人間が、走っていた。
そこは薄暗い路地裏で、灰色の雲で、上から蓋をされていた。まるで逃げ道なんて無いかの様に、どんよりと気圧を低下させている。
走っている人間は、背の低い女性。大学生の様に感じるその女性は、星空色の不思議なショートヘアを揺らしながら、裸足になって必死に駆ける。
足首と手首にはアザがあり、服もボロボロで、異世界の奴隷と見間違う程。
その女性の足が、急ブレーキをかけた。目の前には、良く日に焼けた肌をした、オークの様な男が道を塞いでいたからだ。
足を止めた女性を逃すまいと、反対方向からも同じ様な男が、数人現れて道を塞ぐ。
「抵抗は終わりか?占い師さんよぉ」
男達の隙間を縫う様に現れたのは、白いスーツにサングラスで目を隠した、若そうな男性。一丁前に首から金のネックレスを下げ、見せびらかす様に銀の時計を手首に巻いている。
「その変な水晶玉を渡してくれたらぁ、見逃してやっても良いぜ。最終通告だ」
男が指を刺したのは、女性のネックレスだ。デザインの無い銀のチェーンの真ん中に、星空が映った丸い玉がついている。
「何をしても、お前のそれだけは取れないんだよなぁ。なぁ、それどんな仕組みなんだ?教えてくれよ」
「嫌に決まってるでしょ!」
女性の声には、威勢と恐怖が入り混じっていた。
その言葉を聞いた、スーツの男は舌打ちをする。
「あっそ。じゃ、君の体から無理やり奪えば良い」
男は背を向ける。それが合図だったのか、タッパがでかい男共が、女性へジリジリとにじり寄る。
女性は逃げようとするも、手首を掴まれて引っ張られ、頭を掴まれて壁に打ち付けられる。鈍い音がして、壁に赤い液体が付着する。そんなことをお構いなしに、男はその体を地面に投げ捨てた。
雫が降った。大量の雫が。厚くて灰色の雲から、その惨状を嘆く様に、星が泣いているかのように。
群がった男共が離れ、白スーツを呼ぶ。女性の顔に生気なんてなく、心臓も止まっていた。
「あぁ?ヤったのに取れない?何言ってんだオマエラ、粉のキメ過ぎかぁ?」
白スーツが女性に近づき、その体を蹴る。胸ぐらを掴んで胸を見ると、そこには雫で濡れたネックレスと、星空の水晶がまだそこにある。
ネックレスを引きちぎるように引っ張るも、それは取れない。普通に取ろうとしても取れない。
「めんどくさ。ここ切れ」
男達が返事をする為に、首を頷こうとした。その代わりに、その首が地面に落ちた。グシャリと、雫の上にソレが落ちた。雫が染まった。
「は」
反応する間もなく、体躯が自慢の男達の首が、一つ、もう一つと落ちる。辺りには、雫の落ちる音だけ。
「何が起きてるんだ!?おい、やめ」
命乞いなんて許さない速度で、白スーツの色が染まる。路地裏に墓地が生まれた。
ポシャり、ポシャりと、雫を踏む音が聞こえる。
「想いの力に敵わない。いつの時代もそんなもんか」
誰かが現れた。墓地に肝試しをする、子供のように。
「……君か。星辰…運命を覗ける占い師は」
赤い雫に顔を埋める女性を、誰かは見つめる。
「おっと、まずい。そろそろ渡守が来ちまう」
誰かは、女性を俵のように担いだ。体重なんて無視して、その場を去る。
目を瞑った。現実を見たく無いから
目を開いた。何故か生きていたから
お題『雫』
女性
不思議なネックレスで、世界の運命を決める"星辰"を読み解く事ができる。男達に追い詰められ、赤の雫の上で眠りについた筈だった。
誰か
女性を助けた。星辰を覗く占い師を探していた。
想いの力を使って墓標を増やす、謎の想者(そうしゃ)。
渡守
想いを持って思者になれる人間の側に赴き、それを導く存在。天国へ導く使いの様な存在。
今回は"誰か"に邪魔をされたので、ここに来た渡守は、暫く女性を探し回るハメになる。カワイソ
4/21/2026, 11:22:06 AM