せつか

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「ただいまぁ。おーい、いるかぁい?」
玄関を開け、間延びした声で呼ぶ。
同居人の返事は無く、だが気配はするのでさして深く考えず奥へ進んだ。
「·····なんだ、いるじゃねえか。返事くらいしろよ」
同居人は開け放した窓の前で胡座をかき、いつものように厳しい顔をしている。隣にいるだけで熱気が伝わってきそうな暑苦しさに小さく肩を竦め、持っていた買い物袋からペットボトルを取り出して傍らに置く。
「ちったぁ肩の力抜きなぁ」
「·····」
返事は無い。
生真面目さが彼の長所であることは事実だが、こうも四六時中だとこちらの息がつまる。互いの過去を思えば仕方ないことなのかもしれないが、せめて自分といる時くらいは楽になって欲しい。
「もどかしいけどよぉ、俺らまだなんも出来ねえ小童だからねぇ。焦らず行こうや」
「一分一秒が惜しい」
ようやく口を開いたと思ったらコレだ。
呆れたようにもう一度肩を竦め、ベッドに腰掛ける。
「·····」
窓から入り込む風が心地よい。
ベッドに両手をついてしばらくぼんやりしていると、ようやく同居人がペットボトルを開ける音がした。

規則正しい共同生活なんて、自分には一生縁の無いものだと思っていた。
だが、必要最低限の事しか話さないこの男との生活は、意外にもスムーズで心地が良かった。そして、口数少ないこの男が時折語る言葉のまっすぐさと熱が、いいなと思った。
自分には無いものに、きっと人は憧れるのだろう。

同居人はペットボトルの炭酸を勢いよく流し込んでいく。透明な泡がいくつも湧いて、太い喉を通っていく。それを横目で見ながら自分も買い物袋を漁ってジュースを取り出した。

「うぇ、まっじぃ~~」
すっかりぬるくなってしまった炭酸は、めちゃくちゃまずかった。


END


「ぬるい炭酸と無口な君」

8/3/2025, 3:15:14 PM