Leaf

Open App

「こんな所にお花屋さん」

なんとなく足を踏み入れた裏道。いつもと違う帰り道で見つけたのは小さなフラワーショップ。大小さまざまなバケツに顔を出す色とりどりの花々。近づいただけで特有の控えめな甘さが風に運ばれてくる。

ガラスの向こうも当然のように緑と花に溢れ,所狭しと飾られたドライフラワーに花束 リースにクマの形をしたピンク色のカーネーション。


「バラにアネモネにスイートピー,チューリップにガーベラ·ダリア かすみ草とスターチス。百合に菊それから蘭と桜もある」

知っている名前を一つ一つ確認するようにして観賞する。美しく咲き誇ったものからまだ蕾のものまで各々の魅力を主張してくる。


「いいなぁ」
「花好きなんですか?」

くすくすと控えめな笑い声に振り向けば,そんなことを問われる。穏やかそうなほほ笑みを浮かべたその人はエプロン姿で,手にはふわふわとした珠のような黄色の花。あれは確か……

「ミモザ? 」


「はい 正解です。もし良かったら中見てきませんか?」
「えっ。……迷惑じゃありません?」

思っても無い誘いだけれどお仕事の邪魔をする訳にはいかない。


「見ての通り他にお客さんもいないことですし,お時間があれば話し相手になってくれませんか」
「そういうことなら,よろこんで」

エスコートされた店内は,一歩足を踏み入れただけで花の香りに包まれるそんな空間。


「いらっしゃいませ。良かったらかけて」
「ありがとうございます」

どこに視線を向けても花。小ぶりなものから大ぶりなものまで多種多様な植物たち。そんなものを眺めながら,そのひとつひとつについての話を繰り返す。

たくさんの知らない話。花の種類に面倒の見方 果てはラッピングの仕方まで。柔らかな日差しがオレンジの光に変る時までずっと。


「ああ,もうこんな時間。つい話しすぎちゃった。もうすぐ閉店の時間だ」
「遅くまでごめんなさい。仕事大丈夫ですか」

軽く一時間は話していたらしい。あまりに楽しすぎて時間を忘れていた。


「いやいや。誘ったのはこっちだから。大丈夫だよ。ほとんど済んでるから」
「そうですか。じゃあ帰ります。今日は本当にありがとうございました」

これ以上押し問答していても迷惑にしかならないので,名残惜しいがお礼を言って帰ることにする。


「ちょっと待って。はいこれ」
「……?」

渡されたのはカラフルな花のミニブーケ。どれも大きく花開いて1番美しい瞬間を閉じこめたような作品。


「サービス。明日には売れないから気にしないで。家で飾る分にはもう少し持つと思う」
「ありがとうございます。すっごく嬉しい」

顔を近づけてみればそれぞれの香りが混じりあった匂いがした。優しい色。


「どういたしまして,喜んでもらえて何より。気をつけておかえり。またおいで」
「はい,ぜひまた。さようなら」

頂いたブーケを大切に抱えながら家路に着く。ほのかな甘い香りは幸せの匂い。なんでもない日の特別な思い出。





テーマ: «花屋»

2/9/2023, 4:51:06 PM