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「雨、やまないなあ……」
 コンビニの中、外を見てひとり呟く。
 学校から帰る途中、腹が急に痛くなったので、トイレを借りようとコンビニに入ったのだが、トイレから出てビックリ、外は土砂降りであった。
 俺はため息を吐きながら、スマホを取り出し、天気予報を見る。 
 予報によれば、30分くらいで止むらしい。
 季節外れの夕立のようだ。

 だけど一つ問題がある。
 傘を持ってないのだ。
 最近の天気は晴れ続きで完全に油断し、折りたたみ傘すら用意していない。
 傘を買って帰るべきか、このまま雨宿りするか……
 懐事情が厳しい事もあり、なかなか悩ましい問題だ。

 と窓の外を見ていると、向こうから走ってくる人影が見えた。
 スカートなので女子校生のようだ。
 彼女は、カバンを傘代わりにして走ってくる。
 だが雨の勢いが強いということもあり、遠目からでもびしょぬれだった。
 彼女も災難な事だ。

 それにしても、あの女子校生、どこかで見たような……
 クラスの女子だろうか?
 そんな取り留めのない事を考えている間に、彼女はコンビニの入り口までやってくる。

「セーフ」
 入ってくるなり、見当違いなことを叫ぶ女子校生。
 『どこがセーフだ』
 どう見てもアウトでなので思わずツッコみそうになるが、寸でのところで言葉が止まる。
 なぜならコンビニに走り込んできたのは、妹の百合子だったのだ。
 愛すべき、可愛い妹である。

 だが、この場で百合子と出くわしたくなかった。
 見つかったら面倒なことになるので、店の奥に逃げ込む。
 もし百合子に見つかればどうなるか……

 百合子は『お兄ちゃん大好きっこ』だ。
 きっと抱き着いてくるだろう。
 びしょびしょのままで……
 そして俺も濡れる。
 誰も幸せにならない。

 一応、誤解の無いように言うが、自分は自他ともに認めるシスコンだ。
 普段なら抱き着かれるののは、なんの問題ない。
 むしろ抱き着いてこなければ、こちらから抱き着く所存である。
 誤解無きように。
 だが、いくらんでもびしょぬれの百合子に抱き着くわけにはいかない。 
 自分の愛はそんなものだったのかと少しショックを受けるが、緊急事態だと自身に言い聞かせる。

 そんな葛藤をしつつ、百合子の動向を見守る。
 はたから見れば不審者だろうが、背に腹は抱えられないのだ。
 運よく濡れることが無かったので、抱き着かれるのは御免こうむりたい。

 百合子が歩くたび、『グショ、グショ』と水音がする。
 靴の中までビショビショのようだ。
 音を聞くだけでも気持ち悪くなってくるのに、当の百合子は全く全く気にせず、お菓子の陳列棚を眺めていた。
 ……この前太ったと言って騒いでいたのに、また食うのか?
 まあ、それは本人の勝手か。
 
「新作新作、チョコレート。 甘いぞ甘いぞ、チョコレート♪」
 突然お菓子の前で、謎の歌を歌い始める妹。
 周りの客も、何事かと妹を見ている。
 他人の振りをしているとはいえ、ちょっと恥ずかしいな、これ。
 妹を陰から観察していると、急に百合子が顔を上げた。

「あ……」
 と間抜けな声を出して、こちらに目線を向ける。
 気づかれたか?
「トイレ、トイレ」
 トイレだったらしい。
 俺に気づくことなく、トイレに入っていく妹。
 どうやら、少しの間猶予ができたようだ。

 百合子がトイレに行っている間、スマホを取り出し、もう一度天気予報を見る。
 まだ雨は止まないのか?
 スマホを素早く操作し、もう一度天気予報を見る。
 天気予報を見れば、あと40分くらい……
 え、長くなってる……

 正直これ以上この場にいることはできない。
 さすがにこれ以上誤魔化すのも厳しい。
 こうなっては仕方がない。
 予定外の出費だが、傘を買うことにしよう。
 俺は入口の横に置いてある傘を手に取り、レジの列に並ぶ。

 が、突然背中がぐっしょりと濡れる、嫌な感触を感じる。
 ゆっくりと振り返ると、そこには百合子がいた。
「お兄ちゃん、おっす」
「……おっす、お前トイレどうした?」
「へ、見てたの? 今使用中だった」
「そっか……
 でも、さすがに濡れたままで抱き着いてほしくなかったかな」
「ゴメン、お兄ちゃん見たら抑えきれなくなって……」
「ははは。 百合子らしい」
 俺はなんとか愛想笑いをする。
 今笑えてるよね、俺。

 百合子は俺の持った傘に目線を向ける。
「傘買うんだ?」
「ああ」
「じゃあ、相合傘しようよ」
「そうだな」
 多分相合傘で密着すると、また濡れることになるだろう。
 だけど、俺は濡れてしまった……
 もうどうにでもなれだ。

「お会計どうぞ」
 レジの店員から声を掛けられる。
「じゃあ、兄ちゃんは傘買うから入口で待っててくれ」
「分かった」
 そう言いながら百合子は、レジ横に置いてあるチロルチョコを、俺の前に置く。
「これもお願いします」
 用事は済んだとばかりに離れる百合子。
 相変わらずの手癖の悪さである。

 店員は困ったような顔でこちらを見ていた。
 俺にはいつもの事だが、店員にとってはトラブルみたいなものだろう。
「えっと、どうしますか?」
 一緒に買うのか?と聞いている店員。
 ならば答えは決まっている。
「買います」

 会計を済ませて入り口に向かうと、百合子はスマホを見ていた。
 百合子は俺に気づいて顔を上げる。
「雨やむの一時間後だって。
 お兄ちゃんがいて助かったよ」
「そうか、ほら」
「ありがとう」
 チロルチョコを渡すと、百合子は嬉しそうに笑う。
 この笑顔を見れば、背中が濡らしたかいもあったと思う。
 ……濡れないに越したことは無いけどな。

「じゃあ、帰るか」
「うん」
 降り止まない雨の中、俺たちは仲良く相合傘で帰る。
 百合子は隣で『あめふり』の鼻歌を歌いながら、ご機嫌に歩くのだった。

5/26/2024, 1:43:08 PM