おへやぐらし

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村に馴染めない子どもがいた。
クリス――不思議な力を宿した子ども。

話してみたら、案外面白いやつだった。
ふと手を引いたとき、クリスの指先は、
雪解け前の氷のように冷たかった。

「僕に触れると……傷ついちゃうよ」

うむむきながら、怯えるように話すクリスに、
エミルはにかっと笑う。

「大丈夫。おれ、強いから」

その言葉にクリスは目を見開いたあと、
ふわりと頬を染めて微笑んだ。

――

ふたりはよく、エミルの祖父の工房を訪れた。
村のジオラマ、走る蒸気機関車、木彫りの動物、
色とりどりの鉱石――
物作りが趣味の祖父の家には、
いつもわくわくするような宝で溢れていた。

中でもクリスの目を奪ったのは、飴色の石だった。
小さな虫が閉じ込めれたその石は、光にかざすと
きらきらと輝き、金色の影を床に落とした。

「これは琥珀と言うんだよ」
祖父が語る。

「太古の命が、昔の姿のまま保存されているんだ。
美しいだろう?」

「美しい姿のまま......」

そう呟きながら石をじっと見つめるクリスの横顔に、エミルはふと目を留めた。
頬がわずかに上気し、透けるような肌の下、
青い血が流れているようだった。

――

月日は流れ、エミルは村を出て、
首都で騎士となった。

数年ぶりに帰郷した彼を待っていたのは、
異様な光景だった。
かつて賑わいに満ちていた村は、夏の只中にも
関わらず氷に閉ざされ、静寂に沈んでいた。

「これは一体......」
「水晶の悪魔の仕業でございます」

街角で焚き火を囲んでいた一人の老人が囁いた。

――

老人から話を聞き出したエミルは、ある場所を
目指し、雪の降りしきる大地を進んでいた。

谷奥にそびえる、クリスタルでできた塔。
辺りに漂うナイフのような冷気は、毛皮の上からでも肌を刺し、呼吸するたびに肺が痛むほどだった。

内部には無数の結晶柱が並び、その中には動物や
人間たちが恐怖の表情のまま凍りついていた。
見覚えのある村人たちの顔も、そこにはあった。

そして塔の最奥、
輝く玉座に腰掛けていたのは--
銀色の髪に、氷を閉じ込めたような青い瞳を持つ
美しい青年だった。

「......クリス」
「久しぶりだね、エミル」

その瞳は、懐かしさと底知れぬ冷たさ、
そして得体の知れない熱を孕んでいた。

「僕の作品、見てくれた?」
「作品だと?」
「そう。愚かな村人に人間の欲により滅んだ
動物たち。肉体は衰えいずれ朽ち果てるが、
ここでは永遠に美しい姿のままだ」

言葉の奥に、かつて琥珀を見つめていた眼差しを
思い出して、エミルの心に氷の刃が突き刺さる。

そして――クリスタルの中に、眠るように微笑む
家族の姿を見つけた瞬間。
震えた拳から、剣が滑り落ちそうになった。

「......おまえは、そんなやつだったのか」

剣の切っ先を突きつければ、
クリスは酷く傷ついた顔をした。

「もっと、喜んでくれると思ったのに」

――

剣は砕かれ、血に濡れたエミルは、
クリスタルの床に横たわっていた。

クリスはエミルの傍らに膝をつき、彼の頬に触れた。
その指はいつかと同じ、氷のように冷たかった。

「あたたかい......」

ひとりぼっちだったクリスに、
かつて微笑みかけてくれた唯一の人。

「お前も、閉じ込めてしまおうか」

クリスタルの中に眠るエミルの姿が脳裏に浮かぶ。
大好きな友を永遠に自分のものにできる。

けれど――太陽のように笑い、自由に駆け回る
エミルの姿も、クリスはまた、愛していた。

頬から首、胸元へ。
ゆっくりと手を滑らせていく。
徐々に消えかけてゆく命の灯火を感じながら、
クリスは冷たい吐息を零した。

お題「クリスタル」

7/2/2025, 6:09:37 PM