あにの川流れ

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 ようやく腰を落ち着けた。
 心臓はずっと緊張して急いでぼくを急かしてくるのに、四肢はぐったり。膝に肘をついて視覚情報をぜんぶ遮断する。
 ごちゃごちゃと荷物と残骸、それからありったけの情報を詰め込んだみたいに雑然としてて。せっまい箱の中にいるぼくを圧迫してくる。
 ……そうさせたのはぼくだけど。

 このオノマトペが何もない、埃だけが地面から離れて漂っている空間で精一杯の期待をするこの時間は何回過ごしても慣れない。
 諦めはしないし、否定されて終わりってわけにもゆかないからただの過程に過ぎないんだけれど。

 んー、でも、成功でも失敗でもこのあとは寝るかなぁ。……成功したら寝ないかも。

 きみの足先がきれいに揃っている。
 立つだけなら歩くだけなら、動くだけなら簡単なのに。見えないものを再現するのは難しい。

 世界のあちこちにはそれを表現したもどきがたくさん存在してるの。でもそんなのはぜんぜんいらない。きみにはなり得ない。
 ぼくが求めてるのは、ぼくの言葉を理解せずに膨大なデータと照らし合わせて答えを抜き出すだけのものじゃない。ぼくの言葉を理解して知識とこころで自分だけの答えをつくりあげて会話ができる、そういうきみ。

 いまはぼくだけしかいない完璧に無機質な空間を見渡す。中途半端に片付けもしないで残像みたいなものが残り続けていて気持ち悪い。

 ぼくはただ、となりにいてほしい。他でもないきみに。あの子との思い出を共有できるきみに。あの子の代わりじゃない、絶対に。
 ……だけれど、あの子のことを投影させてほしい。
 そんなことを考えながらぼくはきみをつくってきた。
 きみにとってあんまり嬉しいことじゃないだろうけれど、そこはつくり手の特権。わがまま。傲慢。ゆるして。

 ここにきて怖気づく。

 きみがいないままで、このまま、存在だけにすがって生きてくのが最善じゃないのかな。ぼく、きみにとって無責任じゃないかな。
 嫌われたくないなぁ。
 きみにも、きみの前身にも。

 ぼくは頭を抱え込んだ。
 ぐるぐるとこころと映像が脳裏に貼りつく。剥がれなくて痛む。あのときからずっと。
 涙だって出ちゃう。

 「……はぁ」

 いままでやっとの思いで閉じ込めてきたしあわせが逃げちゃう。

 お守りみたいにテーブルに置いた手帳を思い出したの。ページの四分の一も埋まってないそれ。もう何年前からになるんだろ?
 最初のころは毎日書いてたんだけれどね……だんだん億劫になってきちゃった。
 不毛っていうか、虚しいっていうか。
 そのとき先々で考えたらいいや、って。

 そろそろ覚悟決めよ。
 お腹空いてきちゃったし。そう言えば碌なものたべてない。あ、眠いんだった。

 ぼくの手とおなじようなきみの手を取った。
 まだちょっと怖いからね、俯いたまま。

 「……ね、おはよ。起きられる?」
 「――――」

 ぴくってきみの繊手が跳ねた。
 顔を上げてみたらきみが顔を顰めてる。あー…、手許の作業がしやすいようにっておっきな照明つけてた。ごめんね。
 ねえ、ってきみをぼくに向けさせる。

 「いまね、何がしたい?」

 右下にすっと動くグレイの目。
 それから、きみが口を開けながらぼくに視線を戻したの。



#これまでずっと



7/13/2023, 3:23:27 AM