【大切なもの】
世界の全てが敵になっても、僕だけは君の味方だよ。なんて、テレビの中の俳優が腕の中に抱きしめた恋人へと囁きかける。ソファの上で体育座りをしながらそれをぼんやりと眺めていれば、目の前のテーブルにコーヒーカップが置かれた。
「こういうのって、やっぱり言われてみたいもの?」
「ううん、どうだろ。私は興味ないけど」
首を捻る君の問いかけに、軽く肩をすくめた。ロマンティックとはほど遠い性格に生まれついてしまった身としては、べたべたの恋愛ドラマそのものに微妙に冷めた目を向けてしまう。
「だって世界が敵になるってことは、どう考えても法律的にか道徳的にか悪いことをしたわけでしょ? それを咎めないって断言する相手はちょっと嫌かなぁ」
「あははっ、君らしいね」
心底おかしそうに笑い声を漏らした君は、私の横に腰を下ろす。そうして悪戯っぽく口角を持ち上げて、私の顔を覗き込んだ。
「じゃあさ。君がもしも罪を犯したとしても、僕は君がそれを償って帰ってくる日を待ち続けるよ、ならどう?」
「それなら90点だね」
「あれ、まだ足りないか。あと10点分は何だろ」
きょとんと首を傾げた君の仕草は、普段の落ち着いた様子に比べると幾分かあどけない。にこりと微笑んで、そんな君の額を人差し指で軽くつついた。
「君と過ごす日常が、一番大切だから。だから僕は君を待ち続けるよ、なら完璧だったかな」
日曜の午後、たいして興味もない恋愛ドラマを流し見ながら、君の淹れてくれたコーヒーを飲む。世界を敵に回す二人きりの逃避行なんかより、私はこの何でもない日常を愛してる。
少しだけ君の頬が赤く染まる。それを横目に、コーヒーカップを傾けた。
4/2/2023, 12:08:16 PM