卵にみえるそれは、壁の上にちょこんと乗っていました。
乗っている、というより置かれている。と、ありすはおもいました。思わず、『ほんとに、たまごそっくりなのね!』と声に出してしまいました。
慌ててありすは言い直します。
「たまごそっくりに見えるって申し上げたんです。世の中にはすごく綺麗なたまごもあるじゃないですか!」
その卵にみえるそれは、大層に顔を真っ赤にして、いいます。
『世の中には、赤子よりも常識のない、奴らもいるんだからな!』
ありすは何も答えることができませんでした。その言葉は宙を舞うように、ありすに目を向けて放った言葉ではなかったので。
ー-それで?あんたは、どうしたい?
ふいに聞かれたありすは、ええ、なにがどうして、とすぐさま答えることができず、その後に続く卵にみえる彼の言葉を待ちましたが、どうやら彼はありすの答える番だと此方を待っているようでした。
仕方なくありすは、何がーーですの?と丁寧に答えます。
「いや、まったくこりゃひどい話だ!」
卵にみえる彼はいきなり、憤怒にかられて叫びました。
ありすにはなにがなんだかわかりません。どうして怒られなきゃいけないのか?こんなわけもわからない卵なんかに!
「おまえさん自分のことなのに、自分のことがわからないとはな!」
卵にみえるそれは、大層憤慨して言いました。
「おまえさんは、大きいのになりたいのか?小さいのになりたいのか?それとも、ふつうがいいのか?」
ありすは答えます。
「ふつう、がいいですわ。だってその方が都合がいいもの」
「どうして?」とすかさず卵。
「だって、みんなだって困りますわ!大きかったらすぐ見つかっちゃうし、お家にも入れなくなっちゃう。それに小さかったらお食事だってマトモにとれやしない。」
『おまえさんは、どうなんだい?』
「?」ありすはまた首を傾げます。
卵のような彼は、フンと鼻であしらいながら
「やってみなけりゃ、わからないだろ。あんたは、ほかの人間とえらくそっくりだからねぇ」と答えます。
「ふつうは顔で見分けるものですけど」とありすは慎重に答えます。
『わたしが言ってるのも、まさにそういうことだよ。あんたの顔ときたらほかのみんなとまるで同じだ。目がふたつ、鼻、口、ときてる。おまえさんも、たとえば、目がふたつとしても、片っぽに寄ってるとかすれば、--あるいは口がてっぺんにあるとか--それならちったぁ見分けがつこうってもんだがね。大きいとか小さいとか、他人にとってふつうが都合がいいとか、おまえさんが思うよりもずっとくだらないものなのさ』
「それじゃ、みっともないでしょう」とありすは反対しましたが、卵にみえるそれは、ただ目を閉じて「試してもないくせに」と言っただけでした。
ありすはしばらく待っていましたが、卵のそれは、それ以上それ以下にも反応せず、ありすをまったく意に介する様子もなかったので、さようなら、と言ってみました。
そしてそれにも返事がなかったのでした。
--して、ありす イン ワンダーランド。
鳥かごの中にいるのは、どちらでしょう?
7/26/2022, 12:44:49 AM