→短編・香水のかほり
洋行帰りの叔母様が、お土産をくださった。小さなガラス瓶に黄金色の液体が入っている。
私は光にかざして瓶を振った。瓶の中に黄金の波。
「香水よ」
子供っぽい私の素振りがおかしかったのか、叔母様はクスクスと笑って私から香水瓶を取ると、私の手のひらの付け根にシュッと一吹きした。
「素敵な香り」
お花の香りのような、西洋の砂糖菓子のような香りが辺り一面に広がった。心が華やぐ。
「tiny loveという名前の香水よ」
瓶のラベルを私に示して、叔母様は私の手に再び瓶を押し込んだ。
「タイニーラブ?」
叔母様に倣って外国語のその響きを繰り返してみたけれど、全く発音が違っていた。叔母様の発音は早回しのレコードのようで、思わず聴き入ってしまうほどに素敵。
「どういう意味ですの?」
「小さな愛というのが直訳でしょうけれど、tinyはもっと小さな……そうね、包み込むほどに小さい、かしら?」
包み込むほどに小さい! なんて愛おしい言葉。
「では、愛の赤ちゃんですわね」
私は生まれたばかりの弟を思い描いていた。母の手に抱かれた小さな小さな赤ちゃん。
叔母様は「詩的ね」と、にっこり笑った。「差し詰め、初恋や一目惚れのようなものかも知れないわね」
夜、寝具の中で、私は香水瓶を両手でもてあそんでいた。曲線を描くガラス瓶は触り心地がよく、ひんやりとしている。
ほんの少し、天井に向かって香水を振る。タイニーラブの甘い香りが小糠雨のように降り落ちてきた。
いつか私が恋に落ちるとき、この香りを思い出すかしら? 夢現でそんなことを思った。
テーマ; tiny love
10/30/2025, 1:56:03 AM