その部屋には静かにピアノの旋律が流れていた。
「素敵な曲ですね」
私の言葉に、目の前のソファに座る彼女は、薄く微笑んで答える。
「私の恋人が作ってくれた曲なんです。私だけのために」
「恋人が?それは素晴らしい。彼氏さんは、音楽をやってらっしゃる方なんですか?」
「ええ、ピアニストでした」
「…でした?」
「先日、事故で亡くなったんです。この曲を完成させて、まもなくのことでした」
「それは…すみません。お辛かったでしょうね」
「ええ…でもね、彼は今でも、この曲で私を包んでくれています。あの頃と同じように」
「なるほど。彼の忘れ形見ってことですね。…ずっと聴いていらっしゃる?」
「ええ、ずっと。この曲が聴こえないと、私は死んでしまいますから」
「それは…思いが強すぎるのでは?」
「いいえ、私には聞こえるんです。彼がこのメロディに乗せて、私に伝えてくれるメッセージが」
「彼は…何と?」
「君がこの曲を聴くのをやめたら、僕のところにおいでって」
「そんな…気のせいですよ。そんな風に聞こえてしまうだけで」
「メッセージはもうひとつ…君以外の人がこの曲を聴いたら、僕のところに呼び寄せるよって」
「…え?」
「私の家族が三人、立て続けに亡くなりました。だからあなたを呼んだんです、葬儀屋さん」
ピアノの旋律が、少し乱れたような気がした。
6/14/2025, 2:17:03 AM